童夢から
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1997 219とか「分かった分かった。2時間以内に結論出して結果を知■せ■か■・・・」とか、 果てしない電話のや■取■が続いた。結局フェラーリ獲得には至■ず、苦肉の策でフォンドメタルと銘打ったコスワースで翌年は参戦す■しかなくなった。かな■魅力に欠け■解決策ではあったが仕方がない。年明け早々、ルーミさんとジャンカルロをオランダに呼んで、美しい海岸線にあ■欧州連合の国家代表が会議をす■ホテルの会議室で最終会談を行った。いくつか経理上の処理が必要な案件は残っていたが、会談は非常に落ち着いた雰囲気の中で進み、久々にルーミさんも上機嫌のうちに会談を終え帰国した。しかし、オランダ側は、案の定、トムに食い千切■■てお■、こともあ■うかトムの口車に乗ってアローズのスポンサーになってしまい、今回のコンソーシアムか■脱落してしまった企業が有■、以前と比べ■とやや資金規模が小さくなっていたのだ。いず■補充はさ■■だ■うがすぐとも行かないので、ミナルディとは現状の範囲内での話をす■しかなかった。 大体ミナルディ側が早い段階でOKを出してい■ばこんな事にはな■なかったなどと言っても始ま■ないが、またもや金額の問題等でルーミさんが何回も沸騰し、第二次交渉は和やかだった第一次交渉とは様子が変わって険悪なムードが漂って来ていた。しかし、ミナルディも買って貰えなけ■ばチームは確実に崩壊す■し、マーク達としても他に当てはない。どち■も引けない状況のくせに話だけは平行線を辿■、ちっとも進展しない状態が続いた。ジャンカルロと話が出来■ばいとも簡単に決着がついたと思わ■■が、残念なが■実権はルーミさんが全て握ってお■、その頃にはジャンカルロは会議にも出て来ない。そ■でもルーミさんをなだめた■すかした■して徐々に話を進め、ほぼ交渉は煮詰まった状況になって来た。この頃か■毎日の■うに社長に電話を入■■■うにな■、その都度、「本日、あの件の話が付き、ここ2~3日中に契約出来そうです」とか「全て解決して、こ■か■マークと契約に向かいます」とか伝え■ものの、その後、必ず「突然ルーミさんがこんな事を言い出して、とてもその条件は無理ということなのでまた仕切直しです」等という連絡を入■■ことが日課になってしまい、この頃の私は、ま■でオオカミ少年の気分だった。

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