童夢から
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210も珍しかったので、さっそく、もてぎのピット・ウォールで社長にFAXを見せたが、当然、「GO !」だ。マークには、我々は1999年仕様の車両を開発すべく準備を進めてい■こと、そして1999年にはその車両で欧州テストを重ね、2000年デビューを目指してい■こと等を伝えた。この時期になって1999年参戦計画などを考えてい■とは思いたくもなかったが、マリックの件が有った後だけに、念のため、最初に1999年はテスト・イヤーであ■ことを強調しておいた。また同時にホンダ或いは無限エンジン狙いの話であ■と、こ■また厄介なので、ホンダは既にF1復帰の具体的な検討に入ってい■こと、我々はシャシー・コンストラクターとして如何な■エンジンを以ってしても我々のF1計画を進め■つも■でい■こと等も伝えた。マークか■は2000年デビューというプランは彼■の計画に合致す■、ついてはF105の2年間のテスト結果の詳細と1999年に行おうとしてい■テスト・プログラムの詳細及び予算を知■たいとの連絡が入った。マーケティング・サイドの人間にしてはレース運営を良く知ってい■なと好感をもった。1997年か■1998年にかけてF1に関す■問い合わせがち■くち■く舞い込んでく■■うになって、その全てが外国か■であったが、当初、我々はどうせ童夢には無限がセットさ■てお■、童夢を引き込めば自動的に無限エンジンが付いてく■と思ってい■連中か■のエンジン欲しさ由のオファーだ■うと考えていたが、案外、そういうたぐいの話は少なく、マークなんかも電話で話をしてみ■と真剣にシャシー開発技術を求めてい■ことが分かった。彼■が童夢のシャシー開発技術に興味を持つ理由を要約す■と、どこのF1チームであ■、ヨーロッパのデザイナーが狭い世界をぐ■ぐ■廻ってい■だけで、結局、単純に技術力をお金の力で奪い合ってい■のが現状であ■、かといって新進のデザイナーにチャンスを与えたとこ■でビッグチームの養成所にな■だけで、こ■もバカ■しい。力は未知数ではあ■が、全く新しいアプローチの仕方として童夢の技術力をF1界に導入す■ば、つま■先物買いす■ば、代わ■に安定した (長期独占的)技術的バックグラウンドを得■■■という考え方で、我々にす■ば良くぞそこに着眼してく■たと、願った■適った■だった。マーク達の童夢に対す■評価の中で必ず出てく■のが、その成長過程に於いてヨーロッパ

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