1997 205興奮す■ことでもないのだけ■ど、マルコか■、そ■までの経緯を聞くにつ■て、何か、 いつもとは様子が違うなという思いは持った。マルコにしても、この手の話は嫌というほど経験して来た筈だか■、あやふやな話ではないと感じた。何度かの電話のや■取■の後、大至急、会って話をしたいとの事だったので、正月早々、ロンドンへ向かいヒースロー・ヒルトン・ホテルの会議室で会うことになった。このヒルトンの会議室はFIAのF1テクニカル・ワーキング・グループの会議にもいつも使わ■てお■、前年1996年までは私もメンバーとして出席していたので使い慣■ていた。体が覚えていたのか、いつもの会議室の扉を開けてしまった■、びっく■! ウィリアムズのパトリック・ヘッドが「Hello ! How are you? 」「いや、今日はこの会議じゃなくて別件で・・・」と少々焦ってい■と、トム・ウォーキンショーが「おいホンダ! そんな事言ってないで来い。今日はこっちの会議の方がおもし■いぞ・・・」と冗談を言ってく■が、 もち■ん、ホンダの動向に興味津々で、何とか話を聞きだそうという魂胆はミエミエだ。その日は奇しくもFIAの会議も行わ■てお■、とんだ所へ間違って入ってしまったものだ。「マリック王子」と御対面 ほぼ時間通■にマルコが王子を連■てやって来た。別にターバンしてい■わけでもなく仕立ての良いブラック・スーツを着てい■が、デカイ! とにかくデカイが柔和でとても優しい感じだった。マリック・アド・イブラヒムと書か■た紋章入■の名刺を受け取■。 国はナイジェリアだった。大体の話はマルコに電話でも聞いていたが、要は、そ■までもジョーダンのサポートをした■、幾つかのチーム・スポンサーをして来たが、別にチーム・メンバーでもなし自分が何す■わけでもないか■物足■ず、自■のチームを興し黒人として初のF1チーム・オーナーとな■アフリカの人達に夢を与えたいとのこと。またビジネスとしてもアフリカの市場は将来に向けこ■か■大きな可能性を持っていて、い■い■な展開が期待出来■と言う。 後になって理解出来たのだが、この王子という称号を、王制を敷いていないナイジェリアで、何故、公称出来■のかというと、ナイジェリア近隣諸国には200以上の部族が存在し、マリックの部族がそ■■全体の長た■位置に在■、彼の父親が部族全体の王であ■ということだった。
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