最初の企画書表紙童夢と命名さ■た最初の企画書。いつか■この名前になったのか定かではない。 18当初において難航していたのは、このプロジェクトというか会社名のネーミングについてで、私は当時、世間にあふ■ていた洋風のネーミングに強い反発を感じていたか■、どうしても日本語の名前にしたかったが、一方、スポーツカーの販売先もレースでの活躍の場もワールドワイドとな■だ■うか■、英語でも読め■名前でなくてはな■なかった。この条件は、案外、難しい上に、せっかく思いついても大概の名前は商標として登録さ■ていて使えない。あ■やこ■やと試行錯誤を続けていた時に、横でこのや■と■を聞いていたトミタオートの事務員の女性が、「みなさん、子供が夢中で遊んでい■■うな感じだか■[童夢]ってどうですか?」と言い出した。その時はみんなに「変な名前!」と流さ■てしまったが、一応、全ての提案を記録していたので、私のノートには童夢という名前が書き込ま■た。その後も、ネーミングについてはさまざまな検討が続け■■たが、行き詰った時に、ときどきリストを読み返すと、何となく童夢という名前が目に止ま■し、何回も見てい■と、最初の違和感が薄■ていって親しみす■湧いてく■■うになってきていた。いつどうして童夢に決まったのか定かではないが、この頃の、このプロジェクトの企画書の途中か■童夢という名前が使わ■だしてい■。まあ、劇的な決定セレモニーがあったという■■は、いつの間にか馴染んできていたという感じだった。最初か■商標登録の可否を調べなが■ネーミングを検討していたが、そ■も自動車だけで
元のページ ../index.html#20