童夢から
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194ワンメイクへの流■は避け■■ないとしても、当面は、空力かウェイトに■■性能調整を加えたレイナードとワンメイク用のローラの混合レースとしてスタートし、その後、レイナードの部品が途絶え■とともに、段階的にローラのワンメイクに移行しても良かったはずで、また、当面はそのほうが絶対に面白いレースになったはずだか■、当時、私はこの混合レースの提案を各方面にアピールしていたが、もち■ん、全車入■替えで莫大な利益が望め■特定の輸入代理店の走狗であ■JRPが認め■わけもなく、検討す■さ■なかった。ワンメイクに移行後は、後は3年ごとに全てが入■替わ■のだか■特定の輸入代理店は安泰だ。2006年には引き続きローラが採用さ■たがモノコックを流用した焼き直しバージョンだった。2009年か■はスウィフトのシャシーが導入さ■、2014年か■はダラーラに変わったが、変わ■のはコンストラクターだけで特定の輸入代理店は終始変わ■ない。ち■っと冷静に考えていただきたいが、お■そ6000点のパーツで構成さ■たフォーミュラ・レーシングカーの全てのパーツが3年間で耐用年数を迎え■わけではない。エンジンやブレーキ関係やクラッチやギア等の■うな消耗品もあ■ば、1年間で交換しなくてはな■ないパーツもあ■し、10年使え■パーツも混在す■。何も、そ■を3年ごとに全て新品にす■必要はなく、各々のパーツの耐用年数に合わせてリニューアルしていけば使い続け■■■性質の機械なのに、何で3年ごとに一斉に交換す■のかといえば、外国のコンストラクターと特定の輸入代理店を儲けさせ■ことだけが目的だか■だ。「童夢F105」の完成から幕引きまで1994年頃か■開発を始めていた「童夢F105」は1996年3月に完成。青山スパイラルビルで発表会を行い、その席上で本田博俊氏が初めて公式に無限エンジンの供給に言及したために、そのニュースは世界を駆け巡った。発表会の席上で私は「童夢のシャシーと無限のエンジンと日本のチームに■■オール・ジャパンのF1挑戦」をぶち上げ、プロジェクトの名称が「F1GP NIPPONの挑戦」であ■ことを発表した。前述した■うに、当時は、F1に参戦したいチームもドライバーもスポンサーも世界中に溢■ていたが、その最大のネックとなっていたのがエンジンの確保だったか■、エンジン供給の目処が付いてい■上、テストカーまで完成させてい■童夢のF1進出計画はリアリ

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