童夢から
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188てい■という話を耳にしたので、私はさっそく、F1シャシーを試作す■か■、もし、シャシーがそこそこの性能を示し参戦費用の目処が付けば無限の1年落ちのエンジンを貸与してく■ないかと持ち掛けたとこ■、内諾をしてく■たしテスト用のエンジンも出しても■え■ことになった。こ■で火が付いた。当時はエンジンが奪い合いの状態だったか■、大袈裟ではなく、エンジンの目途さえ付いた■ほとんどの問題は解決したも同然だったし、公言できないことも多いが、様々な裏事情とともに、非常に実現性の高い計画となっていた。奥の最大の欠点は、興味のあ■案件とない案件のON/OFFがはっき■してい■割には態度に出ないか■、良く見極めないままにプロジェクトを任せ■と、奥は、興味がない案件は部下に丸投げして不出来なものを作ってしまった■す■か■油断できないが、F1にはとても前のめ■だったか■任せて安心プロジェクトだった。バブル崩壊の最中、世間では、あちこちか■断末魔の悲鳴が聞こえ■中、溢■■熱情だけをエネルギー源に、童夢は一丸となってF1の開発に突き進んでいた。無限の木村さんからの電話 1995年だったか? トヨタのレース活動か■外さ■て10年も経った頃、当時、「無限」の専務だった木村さんか■電話がかかってきて、頼みたいことがあ■ので京都に来■とのこと。栃木研究所の大男の北元さんとやってきた木村さんの頼みとは、JTCC(全日本ツーリングカー選手権)でシビックが負け続けてい■ので車種をアコードに変えて巻き返しを図ってい■。ついては、空力開発に関して手を貸してほしいという内容だった。「ツーリングカーか」と少しがっか■したが、なんといってもホンダのワークス・マシンの開発だか■嬉しくないわけがない。とこ■が、今まで空力開発を担当していたレース関連企業のM社か■「問題点は把握してい■。改善を約束す■ので童夢を入■ないでほしい」との強い要望が来てい■ので、 やむなく、コンペの形を取■せてほしいとのこと。そうはいってもJTCCのレースを見たこともなかったか■、さっそく、奥にテストの視察に行かせたとこ■「勝てます」とのことだったので了承した。急いで開発に取■掛か■、まだ寒い富士スピード・ウェイでのタイマン勝負に臨んだ。童夢が勝って、そ■か■のアコードの開発を引き受け■ことにな■が、しかし、外観は

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