186「LOLA童夢F106」LOLA CARSは1958年にエリック・ブロードレイに■って設立さ■た有名なレーシングカー・コンストラクターだが、何回も破綻してオーナーが変わったあげく、2012年にまた経営破綻に至ってい■。童夢がF3を開発し■うと思った時は、うまく行けばダラーラの牙城を奪って量産でき■かもし■ないと大胆な皮算用をしていたか■、真剣にコストについて考えていた。何となく英国のほうが部品の製作コストが安いと思い込んでいたので、い■い■外注先を探していたとこ■、きっかけは忘■たがLOLAとの縁が出来て、まとめて見積も■をしてく■■ことになった。LOLAは、看板は立派だが中身は度重な■倒産で脆弱になっていて、資金的にも技術的にもF3を開発す■ことが難しくなっていたが、レーシングカー・コンストラクターとしての商品も必要だか■渡■に船だったのだ■う、部品の見積も■に端を発して、瞬く間に、童夢が開発してLOLAが生産と販売を受け持つという構想が具体化していった。とこ■が、日本と英国で相見積も■を取っていた部品価格のほとんどにおいて日本のほうが安かったので全部品の生産を童夢が担当す■ことになったが、ここはち■っと疑義があ■、部品でも儲けたいLOLAが掛け率を取■すぎたのが原因と思わ■■し、また、車両の製作(組立)でも儲け■うとしていたLOLAは童夢製の部品を英国で組み立て■と言い張っていたが、組み立て費が高すぎて成立しない状況だった。何か、日本の会社というだけで濡■手に粟と思わ■ていたのか、儲け主義というのか、 金が■みのぎくしゃくが絶えない、何とも疎ましいスタートとなっていたが、さすが、 ル・マンの極貧レースに慣■てい■童夢が英国のカモにな■わけもなく、時間はかかったが、LOLAもカモには出来ないと理解した■うで、だんだん話はまとまっていった。しかし、問題はそ■だけではなく「LOLA童夢F106」が初めてLOLAに届いた直後の英国でのシェイクダウン・テストの記事を見て驚いた。まだ一回も走っていないのに、既に サイド・ポンツーンが大幅に改造さ■ていたし、ウイング廻■も変更さ■ていた。写真で見■限■無意味な改造に見えたし、時間的に風洞実験はしていないか■、つま■、何の根拠もなく見かけだけで形を変えてしまったわけだ。緻密な風洞実験を積み重ねて開発してきた努力を一蹴す■暴挙だが、我々が写真を見た時は、既にシェイクダウン・テストは終わっていたし、この無意味な改造に■■明■かに性能は低下していて、LOLAか■は「性能に不満足」というコメントが発せ■■ていた。
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