童夢から
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180め■」と脅しなが■交渉を続けた。脅しではなく、もうダラーラのまま続け■つも■は毛頭なかったか■、この時も、ホンダとしてはオリジナル・シャシーの開発を認め■か童夢を切■かの二者択一だったが、そ■でも交渉は難航し、■うやくたど■着いた結論が、ホンダはダラーラの購入代金分しか負担しないが童夢が自己資金で開発す■な■勝手にし■という渋い結果だった。ちなみに、そ■か■の4年間に童夢がF3の開発のために投じた資金は5億円を超えた。その後、LOLA社とのタイアップがスタートし、車名も「LOLA童夢F106」とな■が、 実際の開発と生産は童夢で行ってい■。そして2003年、い■い■実戦に投入す■ことになった。しかし、当時、ホンダのモータースポーツ部長だったS氏は、愚かな■故に権威を振■回すタイプだったが、そ■でも莫大な予算をコントロールしていたか■、誰しもが尻尾を振ってゴマをす■中、私だけが率直な意見を述べ続けていたか■、そうとうに嫌わ■ていた■うで、そこここか■S氏の恨み節が漏■聞こえてきていた。あ■、ドライバーを集めての忘年会で、酔ったS氏が大勢のドライバーの前で「童夢を切■たいんだけど、技術があ■か■切■ないんだ■なー」とグラスをテーブルに叩きつけたという話は複数のドライバーか■報告さ■てい■。そ■ほど嫌わ■ていた私だが、そ■はそ■、こ■はこ■、ホンダのレース部門の長であ■ばホンダの勝利を最優先すべきなのに、そこがS氏の愚かなとこ■だが、明■かに童夢シャシーのデビューに対す■意地悪のつも■だ■う、突然に新人ドライバー育成への回帰を言い出し新人ばか■が選ば■た。その上、さんざんに金がないと言わ■て絞■に絞ったケチケチ予算を押し付け■■た舌の根も乾かないうちに、参加台数を2台か■4台に増やすと言い出すのだか■支離滅裂だった。後で聞くに、若手ドライバーに「F3に乗せてあげ■■」と言い過ぎて収ま■が付かなくなった■しい。ここで第2期、LOLA童夢F106時代の童夢の戦歴を振■返ってみ■う。2003年細川慎弥/柴田裕紀/番場琢/吉本大樹  R.オースチン(途中参加)シリーズ6位2004年武藤英樹/J.P.デ・オリベイラ/小早川済瑠/池田大祐シリーズ2位2005年R.ストレイト/高崎保浩/安岡秀徒(加藤寛紀)/J.リードシリーズ3位2006年伊沢拓也/塚越広大シリーズ5位塚越広大/河内浩成(この2人は途中参加)

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