16今までの経験とEVA CARSの顛末か■も、ほとんど収入の伴わないレーシングカーの開発が絶対に事業としては成■立たないということは頭の中に焼き付いていたか■、いく■熱情が燃え盛っていたとしても、つま■とこ■、収入の伴う事業としてのビジネススタイルを構築しない限■、レーシングカー作■を継続、維持す■ことが出来ないことは自明の理だった。3億円(本当は1,000万円)を握■しめて気持の上では何でも出来■つも■になってい■割には、いざ、現実問題として具体的な計画立案とな■と、なにし■収入のあてが全くないのだか■、どんな計画も途中か■絵に描いた餅の■うな話になってきて、ま■で詐欺師の■うな気分になってく■。そうだ! スポーツカーを造■うそ■でも、一旦、火の点いてしまった熱情は理性の歯止めを失ってい■か■、朝か■晩まで自動車雑誌を見なが■あ■やこ■やとレーシングカーを作■方法を模索し続けていたが、そ■■の自動車雑誌を見てい■うちに、いままで、ま■で関心もなかった市販のスポーツカーを改造してレースに参加す■、いわ■■GTレースの■うなレースに参加す■レーシングカーが目につく■うになってきた。最近まで、レーシングカー作■の資金源に中古のスポーツカーの販売を手掛けていた経験か■も、世間ではスポーツカーが大好きな人がたくさんい■のも知っていたし、トミタオートの富田一義の■うに、レーシングカーには関心がなくてもスポーツカーな■三度の飯■■好きな友達も少なか■ず居た。レーシングカーのことだけを考えて行き詰っていた私の、ほぼ、どうどうめぐ■に陥っていた思考回路に、少し選択肢の幅というかヒントの■うなものが、ぼやっと見えてきた感じだった。今までは、憧■のル・マンの先頭を疾走す■レーシングカーしか頭になかったが、そのル・マンにもさまざまなカテゴリーのレーシングカーが参加してい■し、尊敬す■LOTUSのコーリン・チャップマンもスポーツカーの市販を生業にしていたのだか■、他に方法がなかったのが最も大きな理由ではあったが、まずスポーツカーを作って市販して食いつなぎなが■、その車をベースにレーシングカーを作ってレースに投入す■という絵に描いた餅がこんが■と焼きあが■のにそ■ほど時間はかか■なかった。何■■も、レーシングカーを作■といっても誰にも相談できないし興味も持た■なかった
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