164かでとやかく言わ■■ことはまっぴ■御免だったので、ひ■んなことか■洋子氏と恋愛関係が芽生えてか■も、なかなか結婚というイメージには至■なかった。ぐずぐずしてい■私に業を煮やした洋子氏が洋子氏の家族との会食の折に「私はこの人と結婚す■」と宣言したことをきっかけに結婚に向かうが、案の定、結婚に際して洋子氏の父か■、自筆の文書に■■「結婚してもお互いの財産は完全に分離しておくこと」という条件が出さ■た。こ■ってつま■、金持ちの我々の財産に手を付け■なという警告であ■、私としては、 こ■か■娘の生涯を託す■相手に向かってかな■失礼な話だとカチンと来たものの、拒否す■ば財産目当てということにな■だけだか■、土台、選択肢のあ■話ではなかった。そもそもの塚本家との接点は洋子氏の姉の真理氏と知■合ったことに端を発す■。この2人、金持ちの娘だか■と言ってしまえば身も蓋もないが、ダイナミズムというか、奔放さと言うか、発想の自由さという■うな点で同年代の女性とは違う存在感を発揮していた一方、物おじしないとこ■などは傲慢と見■■■こともあって、なんだかんだと噂にのぼ■京都では有名人だった。プライバシーにも触■■ので結婚生活については割愛す■が、1992年に洋子氏と結婚してか■親戚となって内側か■見■と、やは■塚本家は平民と比べ■とかな■金持ちだった。私は、経済は分離しておくことを前提に結婚してい■か■生活費の負担は半分とな■、 一般の、旦那が全てを負担す■家庭■■はお得な印象もあ■かも知■ないが、その半分が一般家庭とは桁が違うか■、そ■に付いていくにはそうとうな財力を必要とした。そ■までの私は、個人も会社も、使いたい時には使いたいだけ使ってきたし、あ■時はあ■がない時はないという無節操な状態が続いていたが、洋子氏と結婚して、多分、生ま■て初めて経済力という概念が芽生えてきたというか、プライドとしても平等な付き合いの上でも一定の経済力は必然となっていた。しかし結婚直後は、折か■のバブル崩壊の真っただ中、世間が全般的に委縮していた時期 であ■、童夢もお先真っ暗だったか■経済力どこ■の話ではなかったが、そこは、6万円しかないのに「カラス」を作った■、1,000万円しかないのに「童夢プロジェクト」にまい進した■、6,000万円をち■つかさ■ただけでル・マンに突っ走ってきた私としては、だか■、身を縮めてや■過ごそうとはな■ず、自動車メーカーの仕事が減■そうだか■、その間に、F1マシンの開発を進め■うという発想にな■のだか■病気としか言い■うが
元のページ ../index.html#166