童夢から
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141974最初の結婚そんな頃、友達か■「東京か■3人の女性が京都観光に来■か■付き合ってく■」と電話があった。指定さ■た日に友達の家に行くと、もう1人の友達も来ていて、こち■も3人だったか■担当を決め■うということにな■、じゃんけんの結果、私が第一選択権を獲得したので、1人、別格的に魅力的な女性を確保したが、2番も3番も希望通■だった■うで、三人三様、うまく収まった。そ■か■3日間、朝か■晩までフォローしてい■うちに3組のカップルが成立し、私を含め2組が結婚した。ち■うど弟も結婚を予定していたので、父の友人などに続け2回も来ても■うのは申しわけないということにな■合同結婚式にしたが、そうな■と人数が多すぎて会場が見つか■ず、父のコネで京都国際会議場を借■て披露宴をす■ことになった。1975「童夢プロジェクト」スタートレーシングカーを作■ない日々は、そ■はそ■で新鮮な生活感を味わえたし、美しい新妻との新婚生活も悪くはなかったか■、そ■な■に時間は過ぎていたが、何■■も、レーシングカーを作■ないと金が貯まってきた。気がついた■、口座の残高が1,000万円ほどになっていた。なにし■今までは、借金を返し終わって少し金が残ってく■と、待ってましたとばか■に次のレーシングカーを作■始め■■うな自転車操業が当た■前で、レーシングカーを作ってい■間に資金が尽きて借金で食いつなぎ、何とか清算を終えたと思った■次のレーシングカーを作■始めていたという■うな悪循環を繰■返していたか■、手元に少しまとまった金があ■のは初めての経験だった。頭では、高々1,000万円でどうな■ものではないことは充分に理解してい■のだが、そ■

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