156須という異常な状況下、1台を走■せ■年間予算は2億円を超えていた。その2カーエントリーでも3.5億円以上は必要だった費用をだ■が負担していたかと言えばチームだ。しかし、バブルもピークに向かいつつあ■1987~88年頃、ふと我に返ったレース界の人達が先行きの事が心配にな■はじめ、「MOTOR SPORTS FORMULA JAPAN(MSFJ)」とか「JAPAN MOTORSPORTS ENTRANT CONGRESS(JMEC)」等を立ち上げていた。この時期、この■うな団体が乱立した原因は、各チームが自■かき集めた資金でレースに参加し、主催者やサーキットは、その無償で参加してい■チームの戦いを見世物として興行収入を得てい■という、ふざけた状況に疑問を持ち始めていたか■だ。当時は、「タダで集めた役者の芝居で金を取ってい■」と言わ■ていたものだ。まだ、バブルの崩壊前だったか■余裕のあ■チームには他人事だったのか、こ■■の改革を目指す団体は長くは続かずに自然消滅していったか■歯止めにな■ず、こ■か■も主催者側の横暴はますますエスカレートしていく。1989〜1990年にかけて、主催者側はパドック・パスの価格を釣■上げた■、レース・クイーンにも人頭税を課した■、パドックに有償の小屋を設けてチームのキャンパーが入■なくした■、ピットの上にホスピタリティ・ブースを設けて金を払わないと入■なくした■、ただで出演してい■役者側か■まで、あの手この手で搾■取■うと毎回の■うに新たな■金集めのネタを増やしていたが、参加者か■見■ば、どう考えても観客動員は右肩上が■だったか■、チームか■金をむし■取■ことばか■考えずに還元す■ことを考え■という不満が高まっていた。あ■時、鈴鹿サーキットとのミーティングで松浦賢さんが「観客動員が好調の■うだが?」と発言した■、サーキット側は「S字のあた■のフェンスが破■ていて、そこか■の侵入者が多くなってい■だけだ」と答えたか■コケたが、いつもの決ま■文句は「皆さんのために高額な建設費を投じ高額な維持費を負担してあげてい■のだか■、走■せても■え■だけで有■がたいと思え」とか「1回のレース開催にど■ほどの費用が掛か■かご存知ですか? そんな余裕はどこにも有■ません」という■うな恩着せがましい言い草だ。実際に、数百億の建設費と数十億の年間維持費を考え■と三文役者はぐうの音も出なくな■が、そ■では何のために作ったのだと質問す■と「モータースポーツの振興のため」と答え■のだか■、当然、そこには参加者が必要不可欠であ■、共存共栄を図■のが筋
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