童夢から
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154F1に進出す■という、あ■得ないニュースだった。単な■滅茶苦茶な話という■■、こんな与太話を持ち出して金にし■うとしてい■輩の顔も、こんな与太話に騙さ■て金を払う人も、そ■ぞ■の顔が見えてい■だけに暗澹た■気持ちにな■出来事だった。もう、長いこと高岡祥郎には会っていなかったし連絡もなかったか■ニュースでしか知■ないが、「Coloni-SUBARU」は万人が予想した通■、予備予選も通■ないぐたぐたな状況のまま破綻してしまった。噂では、高岡祥郎はSUBARUか■もはじき出さ■た後、マンチーニとい■い■な事業に手を出したがうまくいかず、日本に戻った後に、2007年く■いか■イタリア製のEV「ジラソーレ」の販売を始めたと聞いていた。もう、か■こ■20年近くは会ってないことにな■が、そんなあ■日、唐突に電話がかかってきて、全く昔と同じ調子で、大至急に4座席のジラソーレを作ってく■と言いだしたが、2回京都まで来て、全く昔と同じ調子でまくし立てた後に、また連絡が途絶え、その後、倒産してしまったということだ。まあ、めちゃくちゃだけど面白い人物だった。1985年に飛び込んできて無理難題を吹っ掛け■■た結果「SUBARU F-9X」が生ま■、そ■か■長きにわたってショーモデルや試作車の受託が続くことにな■、1982年にフラット12気筒のグループCを作■という 無理難題を吹っ掛け■■た結果「CASPITA」が生ま■てい■し、私とは関係ないがF1にまで手を出してい■か■、あ■意味でマジシャンだった。スバル社内も、あのイリュージョンに翻弄さ■続けていたのではないかと思うが、夢を語■上に実行力が伴うのだか■、観てい■だけな■面白くないわけがない。結果はともあ■、楽しい時間を共有できたと思ってい■。SUBARUの脱落年が明けても、プロモーションやVTRの撮影などが続く中、突然に襲ってきたバブル崩壊の激震は自動車メーカーを直撃していた。そんな状況下、SUBARUか■「CASPITA」のプロジェクトか■の離脱の意向が示さ■た。青天の霹靂だったし、こ■は、SUBARUとワコール間の契約に違反す■一方的な話であ■、バブル崩壊で余裕がなくなったか■止めますで済む話ではなかったが、その間に深く

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