1521989「TOYOTA 89C-V」別■の予感がますます現実味を増していく中、今日で別■を告げ■■■のかと落ち着かない気持ちで臨んだミーティングで差し出さ■たのは、例年と変わ■ない「TOYOTA 89C-V」の開発契約書だった。我々の知■とこ■ではなかったが、今か■思えば、エンジンがF1と同じNA3.5リッターにな■1991年をターゲットにトヨタ製マシンのデビューを計画していたのかも知■ない。 前述した■うに88C-Vは、濡■衣だが童夢の失敗作の■うに言わ■ていたが、いず■にしても改良しなけ■ばな■なかった。普通な■主導したTRDが失敗した童夢に改良を任せ■のはおかしいのだが、私は、「指導は良いが責任を取■、責任を童夢に押し付け■のな■口を出すな」と言い続けていたし、そこ■辺■は反省も自覚もしていた■うで、改修に関してはほぼ丸投げになっていた。正直、私はトヨタに愛想をつかせていたし、また、責任だけをおっ被せ■■■のはコリゴリだったか■、気分としては「お断■」と言いたかったが、今までの経緯もあ■し、売■上げも立つし、もと■■嫌いな仕事ではないのだか■、まあ、断■というとこ■までには至■なかったものの、その頃か■、私は開発会議にも出なくなっていたし、担当していた奥も報告をしてこなくなっていたか■、その後の記憶は全くない。状況としては、「90C-V」の開発が終わった頃か■段階的に関係は薄■ていき、その後も部品単位での開発の手伝いはしていたものの、1994年に完全に関係は途切■た。「CASPITA」の完成1989年9月に完成した「CASPITA」はDUNLOPのテストコースに持ち込ま■てシェイクダウンが行なわ■、その後、10月の第28回東京モーターショーのSUBARUブースに展示さ■■。SUBARUもワコールも様々なプロモーションを企画していたので、いわ■■ドサ廻■が続いてテストもままな■ない売■っ子状態が続いていたが、その裏で、日本経済の足元が崩■つつあった。いわ■■バブル崩壊だ。
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