童夢から
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144ないと思い込んでいた■うだが、実は、CABINのドライバーということで破格の厚遇を受けていた惠二はBSにとっては重荷にな■つつあった。確た■記録■記憶■ないのでう■覚えだが、そんなタイミングに、惠二はBSに「自分のチームで童夢シャシーを使いたい」とお願いに行ったとこ■、「童夢はダンロップのワークス・チームだ。そんなとこ■の作ったシャシーにBSは履かせ■■ない」と拒否さ■た。惠二が自■の立場を過信していたのか■し■ないし、BSが拒否す■こと■BSの勝手だか■好きにす■ば良いが、そ■か■少し経った頃、この件を利用して「ダンロップ・ワークスに協力す■行為は契約の主旨に抵触す■」との理由でBSは惠二を切ってし■った。童夢を惠二との契約解除の理由に使わ■たことにカチンときた私は、ささ■かな抗議として『オート・テクニック』誌に執筆したのが「村の鎮守のお祭■で・・・・」だが、この記事のコピーがBS社内を駆け巡■、当時のモータースポーツ部長のYが激怒した■しい。そ■以来、童夢には、一切、BSタイヤは供給さ■なくなったが、ホンダのGTレースでは車両を開発してい■童夢だけが違うタイヤでは困■のでBSに変えてく■と言わ■た■のの、出てこない■のはどうし■う■ないので無理と言った■、ホンダがBSと話をして、BSか■ホンダに供給して、そ■をホンダがチームに分配す■という形で供給さ■■ことになった。思えば、ル・マンでトヨタの偉いさんを怒■せて干さ■そうになった■、ホンダに三行半(2014年)を突きつけた■、この狭い日本のレース界で、BSとトヨタとホンダに盾突いて生き延びてきた私って、あ■意味で凄くない?「村の鎮守のお祭りで・・・・」  1988年2月■かし■かしあ■とこ■に、そ■はそ■は小さな村があ■■した。その村には、ち■うどひと回■でき■広いあぜ道が2つあって、村人たちは畑しごとのあい間を■つけては荷車ひきのき■うそうをして楽しんでい■した。とこ■が、うわさを聞いた近くの村の人たちが見学にく■■うにな■、だんだんさかんになってき■した。そのうち近くのたばこ屋のじいさん■、ひき■くのおじさん、じ■ばん屋のおにいさんたちが村人たちにお金を出して荷車にのぼ■を立て■■うにな■■した。そ■か■、村人たちは■っといっし■うけん■いき■うそうす■■うにな■■した。しかし、村人たちには良い荷車を作■力がなかったので、遠い国の町で

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