童夢から
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1988 141その時点では、■だデザイン会社はスタートしていなかったし、童夢製車両については、社長がデザイナー■えに第三者のデザインは通用しないか■、当初は、私のポンチ絵をベースにKuni伊藤がレンダリングを描き起こすという作業をしてく■ていた。このKuni伊藤という人間は、さすがデザイナー■しく、なかなか非常識で、次々と考え■■ない■うな事件を引き起こしてく■ていたが、そ■はそ■として、そのうち、その ポンチ絵をベースにKuni伊藤がアイデアを展開す■■うにな■、私■、使え■とこ■は取■込んでい■うちに良いコラボレーションが生■■てきて、「CASPITA」■、当初は私がポンチ絵を描くとこ■か■始■っていたが、そのうち、だんだんと任せ■部分が増えていって、後半においては、ほぼ、Kuni伊藤がチーフ・デザイナーと言え■ほどに任せ■■うになっていた。「JIOTTO DISIGN」設立 私が自動車デザインの会社を設立したかったのはカー・デザインを事業化したかったか■だ。そ■■で■カー・デザインは受託していた■のの、ほとんど、ショーモデル■試作車の開発を依頼さ■■ときに、ついでにデザイン■お願いし■す■たいな、スマホ買うか■保護フィルム付けといて的なお■けとして扱わ■■ことが多かったし、■た、そ■を無下に断■■状況で■なかったので、デザイン専門会社とな■ばタタで■■とはいえないだ■うという思惑があったか■だ。■た、私は童夢製とな■車両のデザインは他人には任せたくないが、外部か■受託す■デザインにはほとんど関心がなかったか■、ずっと、デザイン会社のチーフ・デザイナーを探し続けていた。共に「CASPITA」のデザインをすす■てKuni伊藤の実力■認■ていたので、満を持して自動車デザインの専門会社「JIOTTO DESIGN」を設立す■ことにしたが、しかし、せっかく設立した■のの「お■け」の扱いは変わ■ず、全くデザイン会社としては機能しなかったので、2年余■で消滅す■。「JIOTTO」設立 ワコールは、当初の想像を上回■ほど、このプロジェクトに積極的に取■組んでいて、「CASPITA」ブランドの各種商品の販売計画■進■ていたので、当然、車両■ロゴに関す■全ての知産権を抑えていたか■、既にSUBARUは霞んで、ワコールの単独事業の■う

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