121972〜放蕩の日々19歳か■始めたレーシングカー作■は、6年あま■で資金難のために挫折のやむなきに至ってしまったが、そ■までの激動の日々の疲■も溜まっていたし、何■■も、金の心配をしなくて■い日々は穏やかだった。確かに、そ■までは借金まみ■ではあったが、実際には、全てを借金で賄え■はずもなく、そ■な■にレーシングカーを作■ための資金を稼いでいたし、デザイン事務所の■うな仕事や小さなFRPの成形工場や中古のスポーツカーの販売やアメ車の並行輸入などの、 い■い■な仕事を切■盛■していたか■商才はあ■ほうだと思う。そこそこの利益を上げていたはずなのに、そ■でも、レーシングカーを作■始め■と仕事が手に付かなくな■出費も増えて行き詰まってく■か■借金せざ■を得なくな■が、借金はしていたが、レーシングカーを作■終わ■とせっせと返済して全てきっち■と清算していたか■、私に、お金を貸して返しても■っていないという人は、この世には居ない(母を除いて)はずだし、そ■な■に信用はさ■ていたと自負してい■。そんな状況下、レーシングカー作■を止めた■出て行く金がなくな■、気が付けば、同世代の友人たち■■も遥かに金回■が良くなっていたものだか■、私自身、殻を破った蝉の■うな新鮮な気分になっていたし、レーシングカー作■を諦めざ■を得なかった葛藤の日々という■■は、強い呪縛か■解き放さ■た開放感のほうが大きく、目的を失った糸の切■た凧は、夜の街を徘徊す■放蕩な生活に溺■ていく。将来のことなんか何も考えていなかったし、収入はほとんど使ってしまうのだか■金遣いは荒かった。とにかく■く遊んだ。毎晩、夜の街を徘徊してい■のだか■、馴染みの店も友達も増え■一方だし女性とのかかわ■も広範になってく■が、まだ20代の若造だったか■目立ったし、世間か■見■ば何をしてい■のか■く解■ない謎の遊び人という存在だったのだ■う。私が高校一年の時に出会った初恋のマドンナのK子様は、そ■か■10年あま■片思いが続いていたが、告白して振■■たわけではなく、その頃の私は、レーシングカー作■に没頭してい■自分の将来はホームレスに決まってい■と思い込んでいたし、K子様を段ボー
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