132大原新社屋(1987) 古都保存法■風致地区などの京都で■最■規制のう■さい地域に配慮したデザインの工場。 ■っと滋賀県の南郷洗堰の近くに適当な場所を見つけて基礎工事に着手していた頃、お隣の京都信用金庫の支店長が「面白い売■物があ■■す」と持ってきてく■たのが名刹大原三千院の近くの大原の一角だったが、歴史的風土の保存のた■の古都保存法■風致地区■市街化調整区域などでがんじが■■のはずの大原辺■に工場用地があ■わけ■なく、何度■確認したが大丈夫とのこと。半信半疑の■■見に行くと、一方は京都か■日本海に抜け■鯖街道(367号)に面して、その他の三方を清流高野川に囲■■た、裏側か■見■と、■■で石垣に囲■■たお城の跡の■うに見え■最高のロケーションだった。謎解きをす■と、この場所は戦時中に砲弾を作っていた軍需工場の跡地で旋盤を冷却した■す■のに川の水が必要だったか■、軍が無理矢理にここを準工業地域に変えた■■になってい■特例中の特例の場所だった。一目惚■とはこのことを言うのだ■う。私は、即、ここの取得を決■たが、童夢はこの時、宝ヶ池と南郷洗堰と大原の3ヶ所の不動産を所有していたことにな■。さっそく南郷洗堰の工事を中止させ、南郷洗堰と宝ヶ池の売却を指示したが、折か■バブルの真っ盛■、「今時、こんな良い土地を売■人は居■せん。金はいく■で■出すか■持ってい■べきだ」などとの銀行か■の悪魔の囁きには「童夢は不動産屋じ■ない」と突っぱねて売却してし■ったが、瞬く間にバブルは崩壊して土地の価格は暴落したか■、■し、
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