130「TOM'S」と童夢 私にとっては、8年間続けてきたル・マンへの道を断た■■こと■辛かったが、■う一つ、がっか■していたのは、TOM'Sとの決別だった。私は、基本的にレーシングカーを開発す■ことは大好きだか■熱中す■が、根の部分でレース活動自体には、そ■ほど思い入■■興味■ない。有■として■、い■い■な開発努力が形になって現■■という点で予選には興味があ■が、前車のスピンの巻き添えでリタイアした■タイヤがバーストした■ドライバーが遅かった■、そんなこと■で評価の対象とな■レース活動その■のは、どち■かというと好きではなかった。眼の前でレースを見てい■の■イライラヒヤヒヤす■だけで精神衛生上■良くないので、ほとんどの場合、私は日曜の午後にはサーキットか■は消えていたという事実は業界では知■■た話だ。では、なぜレースにチームとして参戦していたかといえば、チームとして速かったか■であ■、童夢製のマシンの成績を向上させ■た■には自■が参加せざ■を得なかったか■であ■。グループCの場合■GTの場合■、トータルの成績を比べ■ば童夢の勝ち点が最■大きい、ということは、童夢が参加していなかった■童夢製のマシンの成績の平均値が下が■わけで、すなわち童夢製のマシンの評価■下が■のだか■参加せざ■を得なかった。■と■とがレーシングカー・コンストラクターだか■、童夢の場合、ル・マンに参戦す■とな■と予算の80%く■いは開発費に投じてし■い、残■のわずかな予算でフランスに■で辿■着くのが常だったか■バランスとして非常に偏ってお■、ル・マンを舐■てい■というかレースを解っていないというか、いず■にして■、間違って■勝て■■うな体制で■取■組■方で■なかった。一方のTOM'Sは、舘自身がレース大好き人間であ■、根の部分でレーシング・チームだか■、当時、私は、童夢とTOM'SがPORSCHEとJoest racingの■うな関係でTOYOTAのワークス・チームとして活動す■ことが理想だったし、そ■を望んでいた。だか■、一見、童夢が開発に専念す■というトヨタの方針は望■べき方向という見方■出来■が、前段で述べた■うに、そ■は、■っと違う方向への1つのステップに他な■なかった。その■うな私の理想を聞きなが■、舘は「そ■は良いな」とか「理想だな」と言いなが■■、
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