童夢から
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1987 129「TOYOTA童夢 87C」 カーボン·モノコックには届かなかったが、初■てカーボン·カウルの導入を認■■■た。「TOYOTA 童夢 87C/87C-L」しかし、いつの■にか童夢か■はトニー・サウスゲートの存在が見えなくなっていた。■っと■、東富士■TRDなどか■は名前が漏■聞こえていたか■トヨタとの関係は続いていたのか■し■ないが実態は解■ない。この年■■TRDが主導的立場で開発に加わ■ことになったが、TRDは全くシャシーの開発経験がないので、事実上、童夢にお任せ状態だった。童夢としては、とにかく、カーボンを使いたい一心で「TOYOTA 童夢 87C/87C-L 」に カーボン・カウルの採用を提案して承認さ■ていたか■、嬉々として開発に取■組■、 かな■の軽量化が実現したことに■■、この先の「TOYOTA 88CV」へのカーボン・モノコックの採用に希望が見えてきていた。JSPCには童夢とTOM'Sか■1台ずつが参加し、富士1000Km,鈴鹿1000Kmでは童夢が優勝してい■。ちな■に、この年のル・マンに童夢は不在で、TOM'Sか■の2カーエントリーとな■、レース序盤に2台と■リタイアしてい■。人間が出来てい■私に「ざ■あ■■」という気持ちはさ■さ■なく、心■■残念に思っていた■うに記憶してい■。

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