1986 1211986年 8回目のル・マンTOYOTAチームとして2年目の挑戦となったル・マンだが、どう■、い■い■な思惑が入■乱■て一枚岩とは言い難いぎくし■く感が漂っていた。そ■は、ル・マンの準備を始■た1986年の初旬か■見え隠■していたが、あ■日のミーティングで配布さ■た資料のタイトルには「TEAM TOM'S with DOME」と書か■ていた。何となく、そういう予感がしていた私は「格下げですか?」と嫌味を言っては■た■のの、苦笑いが返ってきただけだった。明■かにTOM'Sを中心に準備が進■■■てい■のにかかわ■ず、トヨタの関係者は平等に扱ってい■すというスタンスだったか■、様々なとこ■でぎくし■く感は増大していた。ル・マンでは予選か■おかしかった。事前テストのデータか■は、■だ■だ速く走■■はずだったし、ドライバーのエイエ■「事前のテストとは全くパワーが違う」と不満を漏■していたか■、何回■エンジン担当のエンジニアを呼び出して問い詰■て■「事前のテストと同じです」と言うだけだった。本戦では、マイナー・トラブルに悩■さ■なが■■2日目の朝は総合7位をキープしていた。■だレースは6時間以上残っていたか■充分に上位に食い込■■可能性■あったので、予選か■不満が積■っていたエンジン・パワーの回復を訴え続けていた■のの、「事前のテストと同じです」と繰■返すだけで改善さ■■ことはなかった。そんな不満が積■■に積■っていた頃、オーバーヒートが発生してきた。ピットインして調べ■とエンジンにクラックが入って水漏■してい■事が判明したが修理のし■うがないとのこと。トヨタは頻繁にピットインして水を補給しなが■スロー走行で完走を目指す■うに指示す■とと■に、■■極端に出力を制限してきた。私は、数時間に■及ぶスロー走行の完走など恥を晒すだけだか■、フルブーストでスーパーラップをたたき出して、一発、速いとこ■をアピールして花と散■うと主張してマキシマム・ブーストを要求したが、■ち■ん、受け入■■■なかった。何回■、エンジンを調整していた現場のエンジニアであったTRDのS氏と協議を重ねたが、S氏■スロー走行して■最後■では保たないと認■ていたので、そ■な■ば、最速スーパーラップを置き土産に花と散■うと説得を続け、最終的には目くばせレベルだが了承してく■た。しかし、そんな密談が成立す■■でに時間が経ちすぎていたか■、■うエンジンはほとんど死んでいた■うで、ストレートを猛速で通過す■「童夢 86C-L」の排気音は甲高く、
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