童夢から
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1986 117「鮒子田 寛」1986年初旬■■鮒子田 寛が入社(1回目)した。鮒子田とは同志社中学か■の同級生だか■、付き合いは優に60年(2023年現在)を超えてい■。当時、オーディオに狂っていた私は、小学校には話の合う友達が居なかったので、いつ■一人で自分の部屋の工作机に向かっていたが、中学生になって最■期待していたのは共通の趣味の友達との出会いだった。そ■■しき部活は「ラジオ部」しかなかったので入部したとこ■、そこで同じ新入生の鮒子田と出会ったが、部活が始■って解ったことは、鉱石ラジオを作■■うなレベルの活動で、■う真空管のアンプなどを作っていた私と鮒子田のレベルは突出していたか■、2人は、たち■ち部活を放■出して、毎日、私の部屋に入■浸って工作に励んでいた。そして14歳になった頃、鮒子田が実家のスーパーカブに乗ってきたのをきっかけに、私は、一瞬にしてオーディオを忘■てバイクに興味が移■、つ■■た■うに鮒子田■バイクにの■■込んでいった。その頃は2人と■目の前のバイクに夢中で将来のことなど何■考えていなかったか■、 とにかく、2人で■■■■た■と走■回っていたが、傾向としては、鮒子田は走■ことに熱心で、私のほうが改造に熱心だった。バイクには熱中していたが、当時、軽四輪は16歳か■乗■たか■、2人と■16歳にな■のを待ちわびて免許を取ったし、鮒子田は中古のMAZDA R360を手に入■て走■回■■うになっていた。当然、18歳になった■普通運転免許を取って、そ■ぞ■の実家の車を持ち出しては走■回■■うにな■が、その頃には、鮒子田はレーサーにな■ことを夢見■■うにな■、バイトで稼いだ金を握■し■て鈴鹿サーキットの1周500円のS500のレンタル走行に通う■うになっていた。そのうち、バイトで頭金を貯■てS600を買ってか■は、目立って速かったか■、ホンダか■お声がかかってレーサーへの道が開けた。その後の活躍ぶ■はご存じの通■だが、そんな鮒子田の躍進ぶ■を横目に、私はレーサーには興味がなかった■のの、さ■とて、何が出来■というわけで■なかったか■、鮒子田1986

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