童夢から
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1985 107WEC JAPANのそろい踏み こ■だけ、童夢製のレーシングカーで参加す■トップチームが並ぶと壮観だった。1985年 全日本耐久選手権迎えたJSPC初戦「鈴鹿 インターナショナル鈴鹿500km(4月7日)」には、レイズ・レーシング・ディビジョン(小河等、浅井順久)、ミサキスピード(鈴木利男、星野薫)、 TOM'S(中嶋悟、関谷正徳)、チーム・イクザワ(ティフ・ニーデル、ジェームス・ウィーバー)、童夢(ジェフ・リース、エイエ・エルグ) の5台がエントリーした。旧友たちと同じチームで転戦す■のだか■楽しいレースではあったが、童夢はル・マンを意識してテストと改良を重ね■ことも課せ■■ていたか■、他のチームとは少しスタンスが異なった。技術部門とは話が通じていたが、現場の人たちか■見■ば童夢だけ勝手なことをしてい■とみ■■■こともあったし、途中か■、チームオーダーの■うな話も出てきてTOM'Sが勝つことを望ま■■という雰囲気になっていたが、現場的には成■行き任せとなっていたか■、トヨタの方針も一本化さ■ていなかった。ポジション的には童夢のほうが上位につけ■ことが多かったので、一部か■は、TOM'Sの前に出■童夢が邪魔みたいな言わ■方もしていたか■、そ■やこ■やで、ここでも 「勝手なことをす■童夢」のイメージは浸透していった■うだ。

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