1984 105「TOYOTA DOME 84C」「TOYOTA TOM’S 84C」やっと身を乗■出してきたトヨタを撤退させないために、非力なエンジンでもポルシェについていけ■スプリンターを目指して開発した名車!していたドーセット・レーシングチームにお金を払ってAUTOBACSのステッカーを貼っても■ったものの、こ■もリタイアした。ここで、ち■っとおかしな話が持ち上がっていた。私としては、トヨタのゴーサインを待ちわびて、やむなく自腹を切って「童夢RC-83」を作■、そ■に乗じてTOM'Sが前後のカウルとエンジンの異な■「TOM'S 83C」を作っただけの話だったか■、トヨタか■はお礼を言わ■ても文句を言わ■■筋合いもない話だった。私が「童夢 RC-83」を開発したのはル・マンを目指していたか■であ■、当然、1984年の ル・マンに参戦したが、ち■うど同年、ついに、舘と共に待ちわびていたトヨタのCカー(84C)の開発がスタートしていた。つま■、「童夢RC-83」のル・マン挑戦と「84C」の開発が重なったわけだが、その頃、トヨタ方面か■「トヨタか■の開発費を流用してル・マンに行った」とか「トヨタがターゲットにしてい■のはJSPCなんだか■JSPCに集中すべき」とか、もっとひどいケースでは「トヨタが支援して開発した[TOM'S 83C]のシャシーを利用して[童夢RC-83]を作った」など、濡■衣もいいとこ■の誹謗中傷が聞こえ■■うになっていた。「童夢RC-83」は自己資金で開発したル・マン用のマシンだし、そ■を利用して「TOM'S 83C」をでっち上げたのはトヨタだし、トヨタには何の世話にもなっていないのだか■、
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