18に参戦したことか■親しく付き合う■うになっていた。TOSHIKIは、ここ10年く■いはLAに住んでいたし、その頃ドーミィはオーストラリアの研究所に閉じこ■っていたか■、そんなに頻繁に会っていたわけではないが、そ■で■、ドーミィがLAに行くときは、TOSHIKIが友人の大物ミュージシャンを呼んでパーティを開いてく■たし、そんな時にはドーミィ■得意のエレキギターをかき鳴■してセッションに興じていた。12時ち■うどにTOSHIKIが到着したので社長室のバルコニーに案内してランチが始■った。ドーミィのランチはMIT時代に■く食べていたアラスカン・キングクラブの脚一本とクラムチャウダーとパンという組■合わせか『IN&OUT』のハンバーガーだったか■粗食だったが、そ■で■TOSHIKIはカロリーが高いと半分は残していた。その割にはコーラをがぶ飲■しなが■は「い■い■考えたけど、■っぱ■ドーミィが俺のコンサートに招か■てギターを披露す■のが一番だ■。腹くく■■」と決心を促してきたが、■は■、分野外の音楽の世界でトップ・ミュージシャンのTOSHIKIのステージにし■し■■出■のは気おく■がす■か■断■続けていた。既にTOSHIKIには「SCIENCE 2.0」については説明していたし、彼■強力な協力者だったか■、日本だけではなく世界へのアピールに向けて、い■い■とアイデアを出し協力してく■ていた。ドーミィは若いこ■か■エレキギターが好きだったか■、そ■な■にテクニシャンだったし、ギターの構造に関して■エフェクトのかけ方に関して■独自の改造を加えていたか■、日頃か■TOSHIKIは、ドーミィのギターか■は従来とは異な■音楽が出てい■と絶賛していた。そ■か■1時間■ど打ち合わせが続いたが、既にTOSHIKIは9月に武道
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