69第4部 紛争の勃発と思わないか?この双方の条件を見比べるだけで、本事件の全容が見えてくるだろう。この、読んでいるだけで身が穢れ、胸糞が悪くなってくるほどの守銭奴ぶりに、弁護士から届いた書状を持つ手が震えていたのを覚えている。重ねて言うが、金は全て私から洋子氏に流れており、洋子氏は何も負担していない。第16章 「最終提案」が破談となり「童夢と林みのるの最後の夢」が破綻紛争により開発のスタートが遅れに遅れていたので開発期間の短縮に合わせて計画の修正を重ねていたから、規模や設備も極限まで切り詰めていたし、そのシンボルとなるべきスーパー・スポーツカー「童夢-とわ」も、気が付いたら妥協の産物に成り果てていた。私は、この程度のスポーツカーを造るために会社まで売却したわけではないし、まして、こんな凡庸なクルマが私と童夢の最後の作品として世に残ることは耐えられなかったので、けじめをつけるために「最終提案」を提示したものの、内心では、もう破談となることを望んでいたのかもしれない。いずれにしても、期限内に回答がなかったので提案は破談となり、残念ながら「童夢と林みのるの最後の夢」は、ここで破綻の止むなきに至る。山口正己から一言。こうして、日本のレース界を世界に羽ばたかせる礎となったであろう気宇壮大なプロジェクトは叩き潰され、後世に名を残したであろう日本の名車は流産となってしまった。「流産」と言えば一言で終わってしまうが、あの「童夢-零」を生み出した林みのるが会社を売却してまで開発しようとしていたスーパーカーだ。世界のスポーツカーメーカーの度肝を抜いただろうし、スーパーカーの歴史を塗り替えたかもしれない。見たかったと思わないか?乗りたかったと思わないか?強欲な一人の女のせいで、こんなに大きな夢が潰されてしまうなんて、悔しくて悲しくて、持って行き場のない怒りで体が熱くなる。第17章 醒めない悪夢この時の私は、米原の童夢本社の土地の売却益や、宝ヶ池の旧童夢本社の不動産や、優良な子会社の株の売却益の多くや童夢の25%の株を洋子氏に奪い取られ、15年前に1億5,000万円だった下鴨の家の土地を9,500万円に値切られ、「童夢と林みのるの最後の夢」は破綻に追い込まれ、住む家を失い、ワンルームのマンション暮らしが続いていた。
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