ブラジャーVSレーシングカー 2
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65第4部 紛争の勃発もう岡本先生に合わせる顔もないから、結局、1年間にわたり逃げ回ることになる。あとになって洋子氏は、逃げ回っていた理由を、法廷で「林氏に、離婚前から真剣交際している女性が居る(虚偽だが)ことを知りながら教えてくれなかった岡本先生が信頼できなくなっていた」と述べているが、こんな理由で10億円にあまる資産の帰属を協議する場から逃げ続けられるわけもなく、なんとも常識外れの展開となっていた。第11章 岡本先生の仲介を断念「童夢と林みのるの最後の夢」は、売却する子会社を使ってシンボルとなるスポーツカーを製作したり、外国の企業を買収したりと、たくさんの第三者が絡まるプロジェクトだったから、自ずからタイムリミットがあった。それでも私はプロジェクトの内容を引き下げてまで粘りに粘って引き延ばしていたが、2014年に入れば強制終了となる状況だった。絶対に解決してくれるはずだった岡本先生の動きの鈍さに苛立ちを覚えていたし、しつこいほど交渉を進めてくれるように督促を続けていたのに、いつも「洋子ちゃんが電話にも出ない」とか「ドタキャンされた」とかいうような曖昧な答えしか返ってこない状況が続いていたから、ちょうど1年になる頃、さすがの私も岡本先生の仲介を諦めて弁護士に交渉を依頼することにしたが、これは私にとっての大失策の1つとなってしまう。第12章 洋子氏のジレンマ何が大失策かというと、この頃の洋子氏は、株の売却益と米原の土地の売却益の5億6,000万円を既にゲットしており、宝ヶ池の不動産も童夢の25%の株も洋子氏の名義となっていたから、基本方針である「全ての収奪」を成し遂げていたが、ひとつ重大な問題が残っていた。仲介者の岡本先生には合わす顔もないから逃げ回わるしかなかった洋子氏だが、前述したように、私は、名実ともに私の所有物である下鴨の土地を所有していたから、買い戻しておかないと推定5億円以上の家が売却できなかったし、また、洋子氏の名義となっている宝ヶ池の旧童夢本社も売り払って金にしようと企んでいたが、勝手に売ってしまうと、怒った私が下鴨の土地を売らなくなるので身動きが取れなくなっていた。つまり、7億円以上が宙ぶらりんとなっていた。

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