64第9章 岡本先生の仲介を1年間にわたり逃げ回る このように、最初から岡本先生の仲介を無視しての「離婚にあたっての要望事項」の提示は約束に違反していたが、もとより、そんなレベルの話ではなく、あろうことか洋子氏は、それから1年にわたり岡本先生から逃げ回り、交渉のテーブルにつくことはなかった。逃げ回るって何だ?と思われるだろうが、実際に逃げ回っているのだ。理由は次項で説明する。第10章 勝負あったM&Aのクロージングの日長らくに渡って煮詰められてきた東レとのM&Aには大量の書類が必要であり、大企業なるがゆえ、各々、各部門の稟議を経て多くの人の署名捺印をもらっていたから、M&Aのクロージング前に洋子氏の姓が変わると、一からやり直しになる。東レには離婚の可能性も知らせてはいたが、私自身が、これほどの醜態を演じることになるとは思っていなかったし、東レもワコールのお嬢さんを信用していただろうから、東レからは、出来れば手続きのやり直しは避けたいと言われていた。そこで、既に洋子氏からは署名捺印済みの離婚届を受け取っていたが、洋子氏にも通知して離婚届の区役所への提出はM&Aのクロージング後とすることにした。思う壺の洋子氏が反対するわけもなかった。ということは、売却益の振込先は洋子氏の口座ということになるが、またまた私の読み間違いというか読めていないというか、洋子氏に対する絶対的な信頼感の残滓が落とし穴となっていた。これだけいろいろな予想外の事態に陥りながら、まだ洋子氏の「株は返す」という言葉を信用していた私は、さすがに甘すぎたと言わざるを得ない。だから洋子氏は、岡本先生の仲介が始まった1月18日から、当初、2月に予定されていたM&Aのクロージングまでの約1ヶ月強を逃げ回れば、売却益は名義人の洋子氏の口座に振り込まれるから勝負はつくと踏んで何だかんだと引き延ばしていたところ、ずるずると予定が遅れてクロージングは4月に延びていったが、何とか岡本先生を振り切って逃げ切った洋子氏の目論見通り、2013年4月12日、東レとのM&Aはクロージングを迎え、即日、名義人である洋子氏の口座に株の売却益と米原の土地の売却益の5億6,000万円が振り込まれたから勝負はついた。その後、予定調和のように「確かに返すとは言っていたが気が変わった」と言い出し、その後「最初から私のものと言っている」と言い出して返さなくなるが、それを言ってしまえば、
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