32第1章 私と洋子氏の結婚今から半世紀も前の、私が二十歳半ばの頃、ワコールの創業者である塚本幸一氏の子息である塚本能交氏と出会って親しい付き合いが始まった。能交氏が地方勤務の期間などには、ちょっと疎遠になったりしつつも、私の2回目の結婚式の仲人は能交氏夫婦だったし、ほとんどの週末は能交氏の家でゲームなどに興じていたし、ゴルフにも頻繁に行ったし、一緒にハワイやラスベガスに出かけたり、いわゆる親友という関係が続いていた。その能交氏との出会いから22年後に私は妹の洋子氏と結婚する。しかし、すんなりと結婚したわけではなかった。洋子氏と付き合い始めて1年くらい過ぎた頃から結婚という雰囲気も出始めていたが、私には踏み切れない事情があった。それは、塚本家とは長い付き合いだから兄弟たちの恋愛事情もつぶさに見てきたし、それぞれが家柄や財産等の理由で父に反対されて潰されていくのを見ていたから、当然に自分も潰される側だと思っていたし、地位とか財産とかの尺度で計られるのも真っ平だった私は躊躇していた。しかし、しびれを切らした洋子氏が家族での食事会の時に同席していた私を横に「私はこの人と結婚します」と宣言したことによって、何となく、父の反対もないままに結婚に向かう流れができていった。ところが、やはり結婚の直前になって、ちょっと普通の家庭では起こらないようなエピソードがあった。塚本幸一氏は、私と洋子氏の結婚に際して、自筆の文書を示して「結婚してもお互いの財産は完全に分離しておくこと」を誓約させた。私から見れば、金持ちの我々の財産に手を付けるなという警告であり、これから自分の娘の将来を託す相手に失礼な話だとカチンときたが、拒否すれば財産狙いということになるだけだから、第3部 結婚から離婚までさて、この第3部からは、私(林みのる)が執筆している。まず、私と塚本家との馴れ初めから洋子氏との結婚/離婚までをざっくりと説明しよう。この婚姻期間中に、私と洋子氏が行ってきたさまざまな相続対策を、離婚に乗じて、洋子氏が全てを私物化してしまうという信じられない事件が勃発するが、その事件については第4部で解説する。
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