ブラジャーVSレーシングカー 2
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23第2部 「童夢と林みのるの最後の夢」(山口正己特別寄稿)遺作プロジェクト2012これは、童夢社内で「遺作プロジェクト」と呼ばれていた頃の企画書の一部だ。それはまさに、童夢が「童夢-零」というスポーツカーを開発してスタートしたのちに「ル・マン24時間レース」への挑戦を開始した後は、独自にレーシングカーの開発を続けつつ、 自動車メーカーのワークス・レーシングカーの開発やレース活動を引き受けたり、自動車メーカーの市販車の開発や試作を手伝ったりと、レーシングカーとスポーツカーの開発が両輪のごとく助け合ってシナジー効果を発揮して童夢の屋台骨を支えてきた実体験に基づく、新しい ビジネスモデルの実現だった。今でこそ、イギリスのマクラーレンやイタリアのダラーラなどのレーシングカー・コンストラクターがスポーツカーを市販している例はあるが、童夢は「童夢-零」というスポーツカーでデビューした時から、レーシングカーから乗用車まで、スタイリング・デザインから設計/製作までのあらゆる分野を網羅していた。フェラーリなどのスポーツカーのデザインで知られる ピニンファリーナはレーシングカーを作っていなかったし、レーシングカー・コンストラクターのダラーラがレーシングカー専門だった時代に、両方を手がける童夢は、世界的にも珍しい 存在だった。そんな林氏にとって、ここに、認定取得という特技を加えたら、どのような結果が待っているかは火を見るよりも明らかだった。

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