155第14部 「本人陳述」の大嘘を暴く護士に交渉を依頼したことをして「驚きました」と宣うのですから「驚きました」。この洋子氏の「驚きました」は、「(2012 年 12 月 30 日に)全て解決したと認識したから離婚届を出した」「(2012 年 12 月 30 日に)下鴨の土地を除くすべてが洋子氏のものとして解決していた」という大嘘が根拠となっていますが、2014年1月の1年前と言えば 2013年1月です。前述したように、この頃は、東レと M&A に関して話し合いが始まった時期であり、まだ譲渡条件すら決まっていなかった時に、既に全てを洋子氏に差し上げることが決まっていたという話は荒唐無稽すぎますし論理的にも有りえません。弁 :岡本さんは、あなたの話、これじゃあ駄目ですよという話を伝えてなかったんですか洋子氏:そんなことはないと思います。伝わってると思っていました。伝わっていたから連絡これは、どういう意味なんでしょうか?「駄目と伝える」ことによって連絡がなくなったと思うということは、私が何かを要求して拒絶されたので諦めたということになりますが、まだ岡本先生と洋子氏間の連絡が取れていた2012年末前後において、「連絡がなくなる」、つまり解決していた案件は一つもありませんでしたから、「(2012年末に)全てが洋子氏のものとして解決していた」という荒唐無稽な主張と同様、余りに強い願望が妄想となって頭に焼き付くというか、まあ、よく言えば夢を観ていたのでしょうか? 申し訳ありませんが、いくら考えても、このストーリーが解読できません。ギブアップです。それにしても、私は岡本先生に仲介を委任していますから岡本先生抜きに洋子氏に連絡することはありませんし、そんな時に「連絡がなくなる」ということは、岡本先生とも連絡していなかったということになりますが、一方で、「岡本先生とは2月も3月も何回も協議を重ねている」とか「岡本先生が林氏の署名、押印のある離婚届を持ってきた」「2013年4月に岡本先生に離婚届を渡す」など、さかんに岡本先生とは会っていたと主張しています。どちらが本当か知りませんが、しかし、仲介役の「岡本先生と協議を重ねる」という事は、すなわち私と協議していたのと同義ですから、私からの連絡が途絶えていたという主張とは矛盾します。昔、友達のお姉さんが歌っていた「みんな夢の中」という歌を思い出しました。ね、林氏に。がなくなったんだと思っていました。
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