124第10部 名門塚本家の驕り本当のところ、生きる上で家柄や身分や裕福さには大きな価値があるのだろうし、私も「育ち」という観点では無価値とは思ってないが、私の場合は、それよりも能力や感性に強い関心を持つから出自への関心は薄い。困ったことに、私にとっては年齢さえも評価の対象にはならないから、目上の人を敬うという気持ちも希薄で、若い時代には行く先々で生意気だと言われ続けていたし、怒られ続けていた。二十歳の頃に本田宗一郎さんと初めて会った時も5分以内に怒らせて、夜になって息子の博ちゃんから「オヤジがえらく怒っているが何を言ったんだ?」と電話があったが、そんなことは日常茶飯だった。毎日のように怒られ続けていたが、私としては普通に接していたつもりだったから反省のしようもなかった。しかし、歳を食ってくると、逆にフランクとか気さくと言われるようになりトラブルは激減した。つまり、私は何も変わっていないのに、私が歳を食って周囲の人達が若くなっていっていくにつれて評価が変わってきただけで、それは、相手の目線の角度が変わっていっただけの話だった。日本で自動車レースをしている以上、逆らってはならない相手は存在する。しかし私は、トヨタともトラブルを起こしているし、ホンダは切ったし、30年くらい前にブリヂストンを怒らせて、それ以来、タイヤを供給されなくなっている。所かまわず相手かまわずだから損得も忖度の欠片もないし、まして、家柄なんて煮ても食えないものに畏れ入るような神経はどこにもない。そんな私に、家柄や身分をひけらかされても反応のしようもないが、裁判での洋子氏の主張を聞いていると、反応のしようもない私ですら悪寒がはしるような感覚に陥る時がある。裁判という公式の場で平気で嘘を重ねてくる無節操な振る舞いは、基本的には、何が何でも金が欲しいという欲得にかられたあさましい行為であることは間違いないのだろうが、これが、強大な力を背景にした横暴というものなのだろうか? どこか覇権主義的な匂いが付きまとうし、その一つ一つの言葉は高圧的で、総体的に「黙れ下郎!」という感じがぬぐい切れないから、私は、これらの洋子氏の主張の根底に流れる思想は「身分の差」という意識であると確信を持つようになっていた。
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