102<林工務代表 林茂幸さんの「陳述書」>(要約)洋子さんからは当初より、店の雰囲気は、元がレーシングカーの製作工場であったことを踏まえ、レーシングカー及び部品等を童夢から借りて展示出来るメリットを活かした店作りをすると聞いていました。その頃の打ち合わせに頻繁に同席をしていたのが、洋子さんの店でシェフをすることが内定していたNさん(洋子さんはNさんのことを「ヨン様」と呼んでいました)で、私の見る限り、お二人はすごく仲が良く、細かな打ち合わせであっても必ずといってよいほど二人で参加しておられました。林社長は全く関与されておられず、私の知る限り、一度も打ち合わせにも出られませんでしたし、工事現場に顔を出されたこともありませんでした。私の知る限り、林社長はインテリア工事の施工中は全く関与されておられず、洋子さんがNさんに寄り添われながら工事を仕切っておられました。しかし洋子さんは、基本的に経験もなく、素人なので無理難題が多く、時間の経過とともに、時間的にもコスト的にも実現の難しい要求が増えてきましたから、私も出来る限りの対応は心がけていたつもりですが、とにかくコストに関して異常に厳しく、ちょっと仕事とは違う次元の話になってきて努力の限界を超えましたので、何とか完成まで漕ぎつけたところで手を引かせていただきました。その後、洋子さんが関係者を集めた完成祝いの食事会にお誘いいただきました。洋子さんも、自分の事業の拡大やご自身の事務所の移転が実現し、Nさんともども、大変に喜んでいらっしゃいましたが、私としては、何故、完成祝いの食事会に林社長が同席されないのか不思議に思うとともに、Nさんのことを気にされているのかなと思っていました。今回の洋子さんと林社長との紛争で、洋子さんが、このカフェが林社長の指示で始まったとか、経営主体が林社長であるとか、洋子さんが林社長の指示に従って動いていたとかの主張をなさっていると聞いて、そのあまりに実態とかけ離れた主張には、あれだけ実態を知る人が多いにかかわらず、このような主張をされることに違和感を禁じ得ません。その後のことは解りませんが、それまでに関しては、全てを仕切っていたのは洋子さんでしたし、林社長が、レーシングカー等の貸与以外に全く関与していなかったのは間違いありませんし、それは、当時の洋子さんの会社の従業員の方たちも、よくご存知だと思います。
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