COLUMN / ESSAY / LETTER

Jan.01 2016 HAPPY NEW YEAR

私の正月も70回を越えましたが、最近、68歳で逝去と聞くと、ちょっと若いなと思いますが、72歳と聞くと天寿と思ってしまいますから、もうそろそろ、そんな年頃になってきたと言う事ですね。
昨年の7月15日には、私の引退パーティを開催し、盛大に幕引きをさせていただきましたので、もう、思い残すことも何も有りませんし、未だに占領下のごとき我が国情や、中韓にすり寄る人の多すぎる不思議や、度を超した自虐感や、出る杭が打たれ過ぎる狭量な世の中や、安保に寄りかかりながら米軍を追い出そうとする姑息さや、あの憲法を死守する意味も日米地位協定も日教組も「そこまで言って委員会」がなぜ田嶋陽子出し続けるのかも、全て私には理解できない事ばかりの、何とも居心地の悪い世の中となってきていますから、私に、これ以上、長生きする意味も必要も希薄になっています。
また、晩年になって、突如、私に降りかかった「奇異な出来事」も、世間の見方は、今までの私の生き様を看過した上っ面を舐めただけの一方的な物ばかりで、「あいつに限って」と言ってくれる人は、ほんのわずかですから、何とも徒労感に溢れた人生となりました。
(「奇異な出来事」については、拙著「ブラジャーVSレーシングカー」を読んでいただくか、May.01 2019 「ブラジャーVSレーシングカー副読本」を参照してください。

このような息苦しい状況は、私が棲みながら、ついぞなじめなかったレース界も同じようなものでしたから、最後の方は、もう、逃げ出すことしか考えていませんでしたし、リタイアして仕事から離れ、社会からも少し距離を置いたら、いわゆる仙人的な境地が、私を、全く異なった環境に導いてくれるのではないかと期待するようになっていました。
そのような浮世離れした境遇のもと、好きな海に出て釣り三昧、沖縄に別荘を作ってビーチ三昧、夜は街に出て放蕩三昧、そのうち体も弱ってほうけ三昧、と思っていたらコロッ、というのが現在の私の理想です。

そのような私の極楽へのシナリオは、ある意味で台本どおりに進行しているのですが、一筋縄ではいかない一部の出演者たちの勝手な振る舞いに翻弄されて、けっこう、シナリオの書き変えが頻発していますので、少し浮世離れは遠のきつつあるところに、その上、ついつい、状況に流されて悪魔の囁きに耳を貸す、というより、自らが悪魔となって囁いているようなものですが、又もや、新たなクルマ造りが始まりそうです。
つくづく、反省と言う言葉をしらない人間だと思いますが、今回は、目的を「後進の育成」に絞った私的なプロジェクトであり、ほぼ、老後の盆栽趣味のようなものですから大げさな物ではありませんので、いずれ、品評会のようなシーンでお披露目したいと思っています (本件に関しては、追ってお知らせします) 。

このように、生きているのか死んでいるのか解らないような2016年の正月となりましたが、後進にチャンスを与え、未来を託し、私も、原点としてのクルマ造りを楽しみながら、気が付けば、沖縄のビーチで潮騒を聞きながら読書にふけるような(目標は1年半後)日々が来たらんことを願っているこの頃です。

林みのる