COLUMN / ESSAY / LETTER

Dec.10 2019 「フォーミュラ・レースの裏と影と闇」

届かない安全性向上への願い
1987年に、当時の私にとっては夢のプロジェクトであったトヨタのルマン挑戦から、なぜか脱落してしまったので、途方に暮れた私は、ちょっとしたきっかけから、既存のコンストラクターのシャシーを使うというレーシングカー・コンストラクターとしては不甲斐ない形でフォーミュラ・レースに参戦するようになりましたが、もともとスポーツカー・レースにしか興味のなかった私も、レーシング・チームとしてフォーミュラ・レースに関係するようになってからは、たちまち、フォーミュラ・レーシングカーの開発を考えるようになっていましたし、1年後には試作車が完成していました。

それから、F3000でシリーズ・チャンピオンを獲得してF1の開発に着手する頃まではフォーミュラの開発に熱中していた私も、その頃から、その形態に疑問を抱くようになっていましたし、だんだんと安全性を無視した野蛮な乗り物にしか見えなくなっていましたが、そういう目でフォーミュラ・レースを見るようになってから気が付いたのが、レース界のフォーミュラの安全性に関しての無関心ぶりです。
それは国内レースだけではなくF1たりとも同様でしたが、現在の技術力をもってすれば直ちに対策可能な問題も放置したままのレース界の姿勢に理解が及びませんでしたから、F1のプロトタイプが完成した1995年頃からでしょうか、私は、フォーミュラの安全性の向上について言及する事が多くなっていました。

それではここで、私が訴え続けてきた安全対策の足跡をご披露しておきましょう。
<FD99> 1999年には、ホンダのフォーミュラ・スクールカーの安全性の向上を提案し、開発を担当する事になりましたので、頭上を保護するロールバー(現在で言うところのHALOのようなもの)やタイヤの接触を防ぐサイド・ポンツーンなどの提案をしたものの、元ドライバーのスクール校長の「F1に似ていなければダメ」とか「タイヤを接触させないコントロールも練習の内」などという意見が尊重されて、至って標準的な仕様となってしまいましたが、それでも、TAKATAの衝突シミュレーション試験機を借りて研究を重ね、当時としては最高レベルの安全性を誇る入門フォーミュラを開発したところ、あまりに高品質だったために、本来、3年ごとにリピートオーダーが来るはずだったのに十数年を経ても使い続けられて再発注はありませんでした。
<スーパー・フォーミュラ/ FCJ> 2006~2013年頃には、Japan Race Promotion (JRP)に国産化とともに安全性の向上を訴え続けてきましたが、ことごとく無視されてきました。提案内容の一例は下記。
<F20> 2009年には、安全性を提案するプロトタイプとしてキャノピーを装備しタイヤをカバーしたF20を発表しましたが、キャノピーに注目されることはありませんでした。
<JAF-F4> 2010年には、それまで、コストダウンのために危険なアルミ・モノコックしか使えなかったJAF-F4用にカーボン・モノコックを導入できるように、アルミ・モノコックと同等の価格のカーボン・モノコックを開発した上でJAFにレギュレーションを変えさせましたが、アルミ・モノコックも認められてしまいましたので有名無実になってしまいました。
<スーパーFJ> 2011年には、コストダウンのために危険なパイプ・フレームしか使えないスーパーFJの為に、高度な強度計算により設計され3次元加工した長角鋼管フレームを用いたスーパーFJを開発してZAP SPEEDに提供しました。

FD99

F20


JAF-F4

スーパーFJ



Japan Race Promotion (JRP)に提案していたFormula Challenge Japan(FCJ)等の安全性の向上案。


ホンダのフォーミュラ・スクールカーだけは、安全性向上の必要性を理解したホンダのおかげで実現しましたが、不思議なことに、その他の安全性に関する提案はことごとく無視されてきましたし、JAF-F4などは、かえってコストアップになるから要らぬおせっかいをするなとバッシングを受けたり(実際には、コストキャップがありますし、アルミ・モノコックと同等の価格のカーボン・モノコックを開発しましたからコストアップにはなり得ません)、既存のコンストラクターから童夢のカーボン・モノコックは粉々になるから危ないなどの噂をばらまかれたり、私が創立した日本自動車レース工業会(JMIA)においてすら若干名を除いては無関心だったり、そのうえ、唯一のレース専門誌である「AUTO SPORT」誌からも「平和なJAF-F4をかき乱すな」という論調で揶揄されるくらい逆風が吹き荒れていました。

多大な時間と予算を投入して発明と言っても過言ではないほどの新技術で作り上げた廉価版のカーボン・モノコックは、あろうことか村八分状態に陥っていきましたが、少しはレース界への恩返しという気持ちもありましたし、フォーミュラ・レーシングカーの安全性を向上させなくてはならないという使命感もありましたから、身銭を切っての奉仕的な活動だったのに、このようなレース界からの排他的な反応やバッシングは想像を絶していましたし、理由すらも理解できませんでした。

それ以来、私はちょっと萎縮してしまったようで、時々、コラムなどで愚痴をこぼすだけで、いわば傍観状態が続いていた頃、私は引退してしまったので、フォーミュラに対する心配からも遠ざかっていましたが、そんな頃、私の後任の後任としてJMIAの会長になっていた著名なレーサーOBが、昔ながらのパイプ・フレームにFRPのボディをかぶせただけの危険極まりないレーシングカーもどきに、とっくにリタイアした老ドライバーを集めてレースをさせると聞いて止めろと忠告しましたが聞く耳を持たず、また、他の著名なレーサーOBも同じレーシングカーに初心者の女性を乗せて競わせるレースを始めると聞きましたが、聞こえてくるのは「面白い」「画期的」「活気づく」などというような肯定的な意見ばかりで、安全性に対する危惧などは一言も聞こえてきませんでしたから、さすがの私も、すれ違うとか噛み合わないとか以前に、レーシングカーに安全性を求めること自体が野暮な事なんだと思えてくるほど、現実は危険に寛容でした。


「UOVA」モノコックについて
ここで少し、この廉価版のカーボン・モノコック(UOVA)について解説しておきますが、本来、アルミ・モノコックに比べて数倍の価格差のあるカーボン・モノコックを同等の価格で販売するためにはマジックが必要です。従来の製法の延長線上では到達しえないコストダウンを実現するために、童夢では、ハニカムや接着シートなどの副資材が要らず、また、作業工数も大幅に削減できる方法として、テーパー状の型にカーボンのプリプレグを巻き付けるという画期的な製法を発案しました。メリットとしては、コストダウン以外にもモノコックの劣化の最大要因となるハニカムを使っていないので従来とは次元の異なる耐久性を持ち、ゆうゆう親子二代の使用に耐えますが、デメリットとしては、躯体はカーボンだけのソリッド構造となりますので従来のモノコックよりは重くなります。
しかし当初、JAF-F4はモノコックをワンメイクにすることを前提としていましたから多少の重量増は問題ではないと考えていたところ、あろうことか、既存のコンストラクターの画策によりJAFが旧来のアルミ・モノコックの参加も認めてしまったので、軽いアルミ・モノコック車の方が速くなり、JAF-F4からカーボン・モノコックは駆逐されていきました。えっ!アルミ・モノコックの方が軽いの?と疑問に思われる方もいらっしゃると思いますが、同じ剛性同じ安全性のモノコックとして比較するならアルミ・モノコックはカーボン・モノコックに比べて何倍も重くなりますから、逆に言えば、カーボン・モノコックと同じくらいの重量のアルミ・モノコックが、いかに脆弱かが解ると思います。


ハロー! HALO
このように、全くと言っても良いほど安全性に無関心だった日本のレース界ですが、それが日本の自動車レースのサムライ魂として誇りにしているのなら私に出る幕はありませんし、その命がけの挑戦を尊いと言うのなら信じる道を貫いて頂いたら結構ですが、遅きに失したといえ、F1の世界で、おざなりの安全対策としてのHALOが採用された途端に、安全性が錦の御旗となって大仰に振り回され始めますから、さすが、外国に言われないと何も動かない国の自動車レース界だけあって見事な恭順ぶりを発揮してくれています。
その変わり身の早さは立派な風見鶏と言えますが、その風向きが変わった原因が、安全性についての意識が高まったという訳では無く、FIAが採用したから追従しているに他なりませんし、基本、重大事故が発生した場合の責任逃れの布石を打っているだけに過ぎません。
今、声を大に「HALOは絶対に必要!」と叫んでいる人たちは、ついこの間まで、HALOの付いていないフォーミュラのレースを主催したり、チームとしてドライバーにシートを与えたり、スタート前のドライバーの肩を叩いて「がんばれよ!」と励ましたり、ヒーローインタビューしてみたり、「今年のレースは面白い」と煽ってみたり、何の疑問も躊躇もなく、ヘルメットの上に何も無くタイヤもむき出しのままのフォーミュラ・レーシングカーを認めてきた人達なんてですから、FIAがHALOを採用しただけで手のひらを反すように安全性を叫び出す人たちは素直すぎる黒柴のポチを見ているようで情けなくなります。
私がこう言うと、必ず、「少しでも安全性が向上するなら良いじゃないか」という人が居ますが、HALOを付けたところで、タイヤが丸出しでは、接触すればマシンは空中高く飛び上がりますし、前から部品が飛んでくればドライバーのヘルメットを突き抜けますし、スピンした側面に高速車が突っ込んできたらひとたまりもありませんから、「少しでも安全性が向上する」ということは、まだまだ危険が潜んでいるという事実を認識していると言う事であり、つまり、それらの危険性には目をつぶるという意味でしかありません。


フォーミュラが危険でなくてはならない訳
そもそも私はフォーミュラ・レーシングカーが好きではありません。なぜかと言えば、野蛮な乗り物に加えて合理性に欠けるからです。
まず、フォーミュラの形状そのものに必然性がありません。フォーミュラにフルカウルを被せたら空気抵抗が減少して速くなりますし、ダウンフォースも増えてコーナリングも速くなります。では、どうして百害あって一利なしのタイヤ丸出しかと言えば、その昔、黎明期の自動車レースにおいてボディから独立したフェンダーを取り外してレースに参加した名残りと思われますから、非常にレトロな形を守り通している懐古趣味と言えます。
フォーミュラ・レースを象徴するF1が、まだまだ危険なレースであることにも理由があります。レース界に、こんな馬鹿げたことを口走る人は居ませんから戯言と片付けられるのがオチだと思いますが、要するにF1グランプリというのは、コロシアムで格闘する戦士たちを高みの見物するヨーロッパの貴族達の趣味を源流とするゲームというか競技であり、当時も真剣で殺し合っていたように、本質的に、安全過ぎては面白くないのです。
だから時々、ドライバーが非業の死をとげることもF1グランプリというドラマのエッセンスに含まれており、レースを題材にしたほとんどの物語や映画でもドライバーの死は欠かせないエピソードとして盛り込まれていますし、(一部の)ドライバーも、シリアスな眼つきで「明日はレースだから、もう会えるかどうか分からない」と囁いて二人で夜の闇に消えていきます。
それでも、世間の目を気にして、事あるごとに小出しに安全性を見直してきましたが、現在の技術をもってすれば、まだまだ飛躍的に安全性の向上は図れるのに、依然、抑制的な訳は、意図的に危険性を維持しているとしか思えませんし、私が当初、フォーミュラ・レーシングカーを野蛮な乗り物だと感じた原因は、そのあたりにあったのだとおもいます。


平民の意見
だからフォーミュラは危ないままでも良いのだというのが結論ではなく、貴族でない私には、どうしても納得がいきませんから、私は、これからも安全性の向上を願い続けていきたいと思っています。
そんな頃、やっとFIAが上から降ってくるマシンへの防御策としてHALOを持ち出してきましたが、本来はFIAのレギュレーションに定められた特定のカテゴリーに義務付けられるHALOが、たちまち日本では標準装備化されていきます。
それは、いかにも日本的で恭順的な外国の風潮に流される受け入れ方でしたが、そこに、その機を逃さないレーシングカーの輸入代理店の営業戦略が絡み、日本のレース界は、またまた輸入業者に儲けさせて外国のコンストラクターに貢ぐだけの慈善事業に見返りのない散財をすることになってしまいました。


世界のF3事情とダラーラの商魂
そもそもの事の発端は、FIAが2020年からのフォーミュラ・レースのヒエラルキーを、F2,F3,FR,F4と決めたことから始まりました。このあたりの事情は長くなるから説明は端折りますが、ここのところFIAも迷走気味ですから何が正しいかという話は別として、本来は、FIAのASN(FIAの支部)であるJAFの統括下にあるF3協会としてはF3かFR( FORMULA REGIONAL)を来期からのカテゴリーとして選ぶべき立場にありました。しかし、高価なFIA-F3に鞍替えできるレース・シリーズは少なかったので、結局、FIA-F3はヨーロッパを中心に開催される「国際F3選手権」だけになり、F3協会としての選択肢はFRしかなくなりました。
ただし、ヨーロッパでは別の道を選んだレース・シリーズもありました。FIAが新しい規約に沿っていないレース・シリーズはF3を名乗ってはならないと言い出したので、ヨーロッパにおいても、車両をすべて買い替える余力のなかったスペインを中心として開催されていた「ヨーロッパF3オープン」は「ユーロ・フォーミュラ・オープン」という名称に変え、今年まで現役だったダラーラF317シリーズを使ってレースを継続することを決めましたから、イレギュラーな手段ではありますが、抜け道としては現行F3を使った間つなぎは可能でした。
そこで登場するのがHALOです。基本的に、F3を名乗れないユーロ・フォーミュラ・オープンはフォーミュラ・リブレですからHALOの装着義務はありませんが、それがどうしてHALOの装着が当然みたいな雰囲気になっていったのかと言えば、やはり登場するのはダラーラで、いち早く、ユーロ・フォーミュラ・オープン向けに現行ダラーラF317シリーズに小改造を加えたダラーラF320と現行F317シリーズをF320に改造するHALO付のアップデート・キットを発売しましたから流れはHALO装着に向かいます。
コンストラクターが、こういう動きをする時は、だいたい根回しが出来ていますから既定路線だったのでしょう。


冴えわたる輸入代理店の営業戦略
ユーロ・フォーミュラ・オープンの主催者であるGTスポーツが「チームにとって厳しい予算が求められる新しいFIA F3規約に適応することが困難」とコメントしているように、要するに、金がないから現行ダラーラを使い続けるしかないと言っている苦肉の策を、長年に亘り全日本F3選手権を主催してきた伝統を誇るF3協会が真似をするとは考えられませんでしたから、普通に考えればF3協会がFRを採用するものと思われていた状況下、2019年3月、5年ぶりに熟睡(または冬眠)していた獅子が立ち上がりFRの開発を公表しました。
「レーシングカーを作れ!」と高橋社長のケツを叩き続けてきた私としては、ほっと一安心していたところ、5月頃だったでしょうか? 高橋社長から、F3協会が2020年も現行のF3を走らせるという事と、FRはタトゥースを選択し、そのレースに混走させるということを言い出したと聞いて、大変に驚きました。
まず、童夢はそのあたりの根回しもせずにFRの開発をスタートしたのか?という事にも驚きましたし、童夢が既に3月に開発を発表しているのに関わらず、後追いでタトゥースの導入を押し込んでくる底意地の悪さにも悪寒がはしりました。
何か、おかしいと感じて聞き耳を立ててみたら、「全てのF3チームがタトゥースの導入と現行F3との混走を望んでいるからチームの総意である」という理由であるらしいことが聞こえてきましたが、しかし私は、童夢のFRに期待しているF3チームも、複数、知っていましたし、FIAが混走を許すとも思えませんでしたし、F3協会が王道から外れる事も考えにくいと感じていましたから、何か、ものすごく違和感を覚えて、もう少し詳しく調べはじめたところ、直ぐに全てのシナリオが浮き彫りにされてきました。
私は知らなかったものの、現在のF3協会の会長は知り合いでしたし、昔は、私とともにダンロップの京極部長の子分どうしだった真面な人ですが、実際に取り仕切っている副会長というのが、あの外国製レーシングカーの輸入代理店のM社長でしたから、途端に、全てのからくりと魂胆はあぶりだされてきましたし、ある意味で当然の成り行きであることが解りました。
しかし、そのM氏とは面識が無かったので、より詳しい事情を聞くために、TOM’Sの舘に紹介を依頼して会う事にしました。
M氏は、「チームの総意」という理由に加えて「FRは遅くてSF(Super Formula)のステップボードにならないから現行F3を継続すべき」という理由も付け加えていましたが、もっともらしい御託は置いておいて、その魂胆はみえみえでした。
単純な話です。その輸入代理店としては、国産のFRが採用されたら飯の食い上げですし、例え国産を排除してタトゥースを輸入するとしてもFIAが価格の上限を定めて厳重にコスト管理されている薄利なFRでは旨味はありません。それよりは利幅の大きなダラーラF320やアップデート・キットを売る方が遥かに儲かるという事情がありましたから、それを国内で売る方法を画策した訳です。
しかし、本来の流れがFRの導入にあり童夢が開発を発表している状況下、それを無視してタトゥースに変えるだけでも容易ではないのに、その上、メインのレースを、現行F3をそのまま流用するフォーミュラ・リブレに誘導するのですから凄腕です。その上のその上、現行F3をそのまま流用したのでは輸入代理店は儲けがありませんから、そこでJAFに対して「安全性向上のためにFIAが採用しているHALOの導入が必要」と説き、そう言われたらJAFは必要ないとは言えないので、本来は装着義務のないフォーミュラ・リブレにHALOの装着を義務付ける事を決めてしまいました。
結果、2020年から国内でF3に参戦するチームの全ては、この輸入代理店からダラーラF320かアップデート・キットを買わなくてはならないことになった訳ですが、それは、かなりハードルの高い離れ業を要求される営業戦略でしたし、この計画を実現させたM氏の手腕は協賛に値します。天才です。


呪われた童夢FR
一方、当然、F3協会の次期カテゴリーになるであろうという前提でFRの開発を発表し、すでに開発を開始していた童夢は、それも経験の内でしょうが、レース界の状況把握が甘かったのでしょう。このF3協会の方針は寝耳に水の話でしたから、童夢は、5月頃から何回かF3協会との接点を持ち、本件に関して協議したようですが、F3協会の公式な見解は下記のとおりであり、エントラントの総意に基づく既決事項であるとの理由で、取り付く島もない対応が続いていたということです。
F3は来期、HALO付にアップデートし、これをF3の後継にすることは決定。名称はSFL (Super Formula Light)とする。
JAFからはFRの導入を求められているがSFLと混走するしかない。車両はタトゥースに決定。
これらはF3協会だけでは無くエントラント含めた全員の総意であり、その旨をJAFに申請済み。
しかし、この時点で、すでに童夢はFRの開発を発表していましたし開発も佳境に入っていた頃ですから、梯子を外されるどころか地面に叩きつけられて踏み潰されるような仕打ちに唖然とするばかりでしたし、童夢が多大な先行投資を決意して、やっと重い腰を上げてくれた矢先に、日本のレース界が障壁として立ちはだかる現実に言い知れぬ不快な思いが沸き上がってきました。
童夢としては、いろんなルートから再考を促したようですが、F3協会としては「参加チームの総意である」「既決事項」の一点張りで取り合ってもらえず、徐々に、この不条理な決定は既成事実化していきました。
しかし、一部のチームからもおかしいという声が出ていたところ、F3菅生大会時(6月23日)のエントラント・ミーティングにおいて、エントラントの一人からF3協会に対して、「混走案が出たと聞いたがエントラント側は誰もそれを望んでいない」「FRはエントラントの総意としてタトゥースに決まったと聞いたが、私の知る限り誰もタトゥースを望んでいない。国内では童夢が開発をスタートしているのだから童夢で良いのではないか」との質問があり、その人が「タトゥースが良いと言ったチームは手を挙げてください」と言ったところ、誰も手を挙げなかったという事です。
F3協会=輸入代理店の真っ赤な嘘がバレた瞬間でしたが、その後、その輸入代理店から「弊社はタトゥースを扱いません」という意味不明のリリースが発信され、また、その後、エントラント側からJAFに「F3協会とエントラントの総意として、この案が出されたと聞いたが、少なくともエントラントの総意ではないので当該書類は撤回するように要望する」と申し出て認められたという事なので、つまり、虚偽の申請であったことが明白となった訳です。

その結果を受けて、7月9日にJAFでミーティングが持たれ、JAF、JRP、F3協会、童夢によって下記が合意されました。
SFLをF3の後継に設定
FRはF3協会では関与しない
FRは童夢が来期コントロールする。
私は全く関与していませんから、どのような成り行きで、このような合意に至ったのかは知りませんが、何でコンストラクターである童夢がレースの主催まで責任を持たなくてはならないのか、はなはだ疑問な決定で訳が解りません。童夢の高橋社長によると、「童夢はすでに開発に予算を投入しているから後には引けないし、F3協会は何が何でもダラーラに固執しているからFRへの転向は無理。自らレースを立ち上げるしかない」との事でしたが、私は、童夢には井川と言うオーナーが居ますから高橋社長が勝手に動きづらい状況も、捨て金のような開発費を調達する苦労も、途中で投げ出せない立場も理解していますから、それだけに、已むに已まれぬ状況とはいえ、コンストラクターの童夢がレースの開催までも押し付けられる現状には忸怩たるものを感じずにはいられません。

ここでちょっと誤解が無いように説明しておきたいと思いますが、私自身は、「童夢はレーシングカー・コンストラクターなんだからレーシングカーを作り続けなくてはダメだ」と念仏のように繰り返し童夢の高橋社長の尻を蹴り続けてきましたし、なかなか動こうとしない高橋社長を罵り続けてきましたが、この数年間、気配すら感じる事が出来なかったので、さすがの私も諦めて、2019年に入ってから相談役も退任して全く関係が無くなっていました。したがって、この文書も、昔レース界に居た一人の隠居老人のぼやきであり、童夢とは全く関係の無い主張であることにご留意ください。

それにしても、あれだけ、「レーシングカーを作れ」と尻を叩き続けてきた挙句のレース界からの拒絶反応は、私としては、何ともバツが悪いと言うか、穴があったら入りたいと言うか、私もそれなりの逆風は感じていましたしJAF-F4の時の愚かなバッシングには辟易していましたが、ここまで悪意に満ちたコンストラクター潰しがまかり通るとは想像もしていませんでしたから、レーシングカーを作れと言い続けてきた高橋社長には、ひたすら謝るしかありません。


技術面での考察
日本の自動車レース史においても重要な足跡を残してきたF3レースが、一私企業の営業トークに惑わされて違う道に迷いこもうとしている時に、それを正そうとする業界関係者もほとんど現れませんし、その上、F3協会=輸入代理店の言い分を鵜呑みにして賛同擁護する業界関係者も多く、海外に日本のレース資金を流出させることに追い風が吹き、日本のレース産業の振興と技術力の向上に向けての努力に逆風が吹く風潮には違和感を禁じ得ません。
F3協会がSFLに決めた最大の理由を「FRは遅くてSF(Super Formula)のステップボードにならないから現行F3を継続すべき」としていますが、FRがSFへのステップアップ・カテゴリーであるのならSFとの性能差は必然ですから、つまり、適正な遅さが必要な事は論を俟ちません。また、フォーミュラ・レーシングカーというものは金と速さは正比例しますから、高いと速いし安いと遅いというだけの話であり、ステップアップ・カテゴリーには予算を下げてハードルを低くするという役目もある訳ですから、速さだけではなく財布との相談も重要です。
何よりも、日本にレーシングカー・コンストラクターが存在するのですから、どうせフォーミュラ・リブレに逃げるのであれば、FRをベースに高性能車を作ることもできますし、どうしても現行F3にHALOを付けたいのであれば、現行のモノコックに後付けできるHALOのような物も開発可能ですから、技術者を交えて、もっと掘り下げたところから総合的に検討すべきです。
ちなみに、現行F3にHALOと同等の効果が得られるデバイスを後付けするとしたら、少し重くはなりますが単価は450万円くらいで供給できますが、技術者を交えてまともに検討されることはありません。
どうして技術者を排除してしか話が出来ないのかと言えば、この開発技術を持たない人たちによる外国のレーシングカーを輸入することを前提とした日本の自動車レースの利権構造は、そこに開発技術を持ち込んだとたんに既得権益が崩壊してしまいますから、当然、排除の論理が先行してしまい、結果、いつまでも、既存の車両とパーツを組み合わせて遊ぶミニ四駆の範疇から逸脱できない訳です。

これは、フロントスクリーン付きで検討していたHALOもどきのポンチ絵ですが、これを提案すると「また童夢だけが儲けようと思って」と言われますが、いやいや、そうでなければ海外に資金が流出するだけですから。


SPEC.一覧表
関連のカテゴリーの車両のSPEC.を比べてみます(価格はエンジン含む)。
 現行2019年F3SFL
(アップデート版)
SFL(新型F320)FR(F111/3)FIA-F3(2019~)
車重(含ドライバー)585kg590kg590kg650kg690kg
パワー230ps230ps230ps270ps380ps
パワーウエイトレシオ2.52.62.62.41.8
全長
全幅
WB

4351mm
1845mm
2800mm
4351mm
1845mm
2800mm
4351mm
1845mm
2800mm
4900mm
1850mm
2950mm
4,620 mm
1,872 mm
2,880 mm
タイヤサイズ
Fr 200 13"
Rr 240 13"
Fr 200 13"
Rr 240 13"
Fr 200 13"
Rr 240 13"
Fr 230 13"
Rr 300 13"
Fr 230 13"
Rr320 13"
価格約2300万円現行F3+
1300万円
?約1200万円約3000万円
これだけでは何も解りませんが、参考の為に各車のSPEC.をお知らせしておきます。


育てる
私が童夢の経営者だった時代にも、私が何かを提案するたびに「また童夢だけ儲けようと思って」と言われたものですが、本格的なレーシングカーを開発するためには、大型の風洞を始めとする大掛かりな開発設備や優秀な技術者や外注先などのインフラを構築しておかなくてはなりませんし、それが、例えFRのような入門用のフォーミュラであっても、生産体制まで整えるとなるとかなりの先行投資が必要となります。
それでも、平均的に、ある程度の業務量が見込めれば手の打ちようも出てきますが、現状でも輸入車に頼る日本のレース事情では、100歩譲っても、将来において儲かる環境を構築するための布石を打つ程度の話であり、「童夢だけ儲ける」ようなユートピアは、まだまだ見果てぬ夢に過ぎません。

また、童夢がずっと言われ続けてきたことは海外のコンストラクターとの格差です。やれ、ローラは創業60年で歴史が違うとか、ダラーラの設備は童夢の比じゃないとか、タツゥースの生産台数は何百台に及ぶとか、つまり、格が違うとか技術レベルが違うと揶揄される訳ですが、歴史で言えば、ローラは表面的にも3回は倒産しており中身は刷新されていますから続いているのは暖簾だけですし、ダラーラの創業は1972年で童夢が1975年ですから大差ありません。生産台数は、主としてワンメイクを生産しているコンストラクターは増えて当然ですが、ワンメイクのレーシングカーは安く量産することだけがノウハウのバッタ商品のようなものですから、シャシーの優劣を競うルマンカーなどと比べられるのは笑止です。
確かに、ダラーラの設備は素晴らしく充実していると思いますが、私から言えば、そのかなりの部分は日本から流出した資金で出来ています。
なんだかんだと理由を付けながら、絶えず日本のレース界の資金を海外に流出させてダラーラに貢いできた結果の充実した設備を絶賛されて感心するほど私も心が広くありませんし、日本のレース界が、こぞってダラーラに貢ぎ続けながら童夢をけなす歪んだ構造も理解できません。
これほどドライバー育成を錦の御旗に振り回している日本のレース界が、コンストラクターとなると、一変して、育てるどころか、寄ってたかって踏みつぶそうという風潮には訳があります。


反日の日本のレース界
このようなレース界の反日(反日本製レーシングカー主義)の傾向はどこから生まれてきたのでしょうか?
もっぱら、私の性格に由来すると言われがちですが、あえて否定はしません。私は私の欲望の赴くままに周囲を気にせずに唯我独尊にレーシングカーを作り続けてきましたし、金を食うだけで何も生み出さないレーシングカー作りに他人の金を使う事も避けてきましたし、周囲も見ていませんでしたし、聞く耳も持っていませんでしたし、けっこう自分の殻の中で自己完結していたところがありましたから、何も気になりませんでした。
しかし、やや歳も食って、人並みに世の為人の為みたいな気持ちが芽生えてきた頃から、「してあげる」というような押しつけがましい気持ちも出てきますし、そうなると反応も気になりだしますから、晩年になって初めてレース界の人達の反日の姿勢が気になりだしたというところです。

最大の原因は、日本のレース界がドライバーOB達の引退後の飯のタネになっている為に、基本的にドライバーOBの都合だけが業界をけん引しています。また、自動車メーカーのサラリーマン担当者にとっての身近なスターであるドライバーとは引き合う関係にありますから、ドライバーがレースに見識のない担当者の拠り所となり、ここに強固なスクラムが組まれます。
そのドライバーOBに出来ることはドライバーの育成だけですし、自らの責任問題となる勝敗を避けたい自動車メーカーの担当者はドライバー育成に逃げやすいので、結果、ドライバー育成だらけになりますが、そのドライバーOB達にとって、自分たちが乗るレーシングカーを作るコンストラクターの存在は、ある意味で脅威です。
私が社長をしていた頃の新年会では契約ドライバーは末席でしたが、高橋社長になってからは主賓扱いになりました。その時、私はスピーチで士農工商になぞらえて「私の頃は、社長、設計者、チーム、ドライバーだったけれど、今は、社長、ドライバー、チーム、設計者になっているようだ」と揶揄していましたが、事実、私にとってドライバーは雇い人に過ぎません。
そんなコンストラクターが幅を効かせるようになると相対的にドライバーの立場が悪くなるのは必至ですから、本能的に排除の論理が働くのでしょう。結果、日本のレース界の目的は、ドライバーOBの飯のタネになる新人ドライバーの育成だけに特化されていきます。

もう一つの原因が、かのレーシングカー輸入代理店の我田引水な営業方針です。基本的に、一私企業が自らの利益の為に努力するのは当然ですから、やり口は気に食わないものの、責めるような話ではありませんが、問題は、その単純な手口も見抜けないで翻弄され続けるレース界の脆弱さにあります。
F3000が事実上のレイナードのワンメイク状態になっていた頃、その輸入代理店がアップデート・キットを800万円で売り出すと発表しました。ワンメイク状態ですから、みんなが買わなくても同じ、みんなが買っても同じ条件ですから、パドックでは「あんなもの誰が買うんだ」と呆れていたところ、この輸入代理店と近しい関係のチームが購入した為に、結局、10チーム以上が買うことになりました。
F3000が事実上レイナードのワンメイクになっていた頃にレイナードが倒産してしまいました。それを理由に、来期からローラのワンメイクにしようという話が持ち上がりましたが、それはすなわち、全てのチームがローラの新車に買い替えなくてはならないという話でしたし、儲かるのは輸入代理店だけでした。
当時、ヨーロッパは既にローラのワンメイクに移行していたのに日本のF3000は独自路線をいっていましたから、急にローラのワンメイクに移行しなくてはならない理由は何もありませんでしたし、その年にレイナードの新車を購入したチームも少なくなかったので、私は、レイナードに適正なハンディを付けてでも混走させて自然な移行を待つべきだと主張しましたが、さしたる議論もないままに1年しか使っていないレイナードは廃棄され、全てのチームが新車の購入を余儀なくされてローラのワンメイクになってしまいました。
例を挙げればキリもありませんが、過去の事例を紐解けば、日本のフォーミュラ・レースにおいては、どのような理由で何がどうであろうが、最終的には輸入代理店が儲かるように仕組まれていることが鮮明に浮き彫りにされてきます。
当然ですか、この輸入代理店にとって最も忌避すべきは国産レーシングカーの台頭、すなわち童夢の活躍でしたが、本来は、童夢もコンストラクターとして戦略的な営業展開をすべきところ、私は、「日本の自動車レースの発展のためには日本の自動車レース産業の振興が不可欠」と正面から正論をぶつけるだけでしたし、理解しないレース界を小バカにし続けてきましたから、土台、営業力において輸入代理店の足元にも及ばず連戦連敗が続いていました。
このように、ドライバーOBの糊口を得るために、また、一私企業である輸入代理店の商売の為に、共通の敵であるレーシングカー・コンストラクターを排除する傾向が定着していった事により、日本のレース界に反日がはびこるようになってきたのだと思われます。


本当の反日
私はプロスポーツが嫌いです。日本という国にとって何の役にも立たないからです。
詳しい理由は、私のホームページである「林みのるの穿った見方」のコラム「スポーツ亡国論」で説明していますが、ここでは、直近の例で説明しましょう。
韓国の理不尽な要求と暴走を少しでも抑え込めたのは、スケート選手が氷の上でクルクルと回ったからでも無く、屈強な男たちがボールを持ってぶつかり合ったからでも無く、日本の技術に頼らざるを得ないフッ化水素の輸出をコントロールしたからであり、日本の技術力のおかげです。
それなのに、我が日本たるや、国民栄誉賞はアスリートと芸能人しか授与されませんし、たまに脚光を浴びる科学者は外国の賞であるノーベル賞の受賞者ばかりですし、科学技術研究費は中国の半分にも届きませんから優秀な頭脳の流出が止まりません。
このような成り行きが自然な流れなのか誰かの思惑によってコントロールされてきた結果なのかは知る由もありませんが、74年前、あれだけの主要都市を絨毯爆撃されて多くの一般市民を殺戮されたり原爆まで落とされたのに、その後のGHQによるWGIPや3S政策などの作為的な施策によって、日本人は瞬く間にアメリカに傾倒していった現実がありますし、特別な車による作為的なプロパガンダによって日本国民が祝日に国旗を掲揚したり車に日の丸のステッカーを貼ることを恥じるような風潮を作ることにも成功していますから、コントロールされているというのも、あながち奇想天外な話とも思えません。
翻って、日本のレース界に目を転じれば、このような日本の技術力を棄損させて外国の技術力を向上させるという傾向も、日本人に潜在的に植え付けられてきた日本の発展振興を妨げる反日思想の表れなのかもしれません。道理で、私が愛国心から日本の技術力の向上を叫んでもレース界の反応は冷ややかでしたし、外国に金を流して技術力を向上させるという話はスムーズに進むわけです。
余談ですが、ここで愛国心を持ち出すにも勇気がいりますよね。日本人が自分の国を愛する事を表明するのに躊躇があること自体が、そもそもの問題なんだろうと思っていますし、そういう風潮と日本のレース界の反日(反日本製レーシングカー主義)問題は無関係ではないと思っています。


純粋なスポーツへ
レーシングカーを開発するには、かなりの先行投資が必要ですし、普通、その投資の回収は困難です。FRのようなワンメイク・シャシーでも億単位の予算が必要ですから銀座のクラブなら1000回は通えます。私の引退パーティの時のお土産にした「童夢の奇跡」をペラペラとめくりながら、こんな環境下、よくぞこれだけのレーシングカーを作り続けてきたものだと、我ながら、正に奇跡以外の何物でもなかったと再認識しています。
それにしても、この度のFRの件を目の当たりにした後に、もう、童夢にレーシングカーを作れとは口が裂けても言えなくなりましたし、童夢が再挑戦するかは私には解りませんが、では、首尾よく、ドライバーOBと輸入代理店の思惑通りにレーシングカー・コンストラクターが駆逐されてしまった暁には、日本の自動車レースはどうなっていくのでしょう?
開発技術と言うスキルを失い、既製品の輸入車とアスリートによる純粋なスポーツとして続いていく事になるのでしょうが、その、語源をたどれば「娯楽」から「さぼる」まで遡るスポーツと称する競技は、先に述べたように娯楽以外に何の役にも立たない非生産的な世界ですから、日本の自動車レースにおけるレーシングカーとは、テニスのラケットやゴルフのクラブと同類に単なる道具と化していく事になるでしょう。
ドライバーは、日本人宇宙飛行士と同じように外国製の宇宙船に便乗しているに過ぎず、その裏で先進の技術で宇宙船の開発をしている人たちとの乖離は取り返しようも無いほどに遠ざかってしまい、いずれ、彼らが手の届かない遥か彼方に居る事に気が付くことになるでしょう。
でも心配はいりません。先進の技術は失いますが、近年、台頭してきた東南アジア諸国のモーター・スポーツも、同様に技術はヨーロッパに頼った形で発展していますから、これからは、彼らが対等な仲間として受け入れてくれるでしょう。脱欧入亜と言うところでしょうか、150年前に回帰しましょう。