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May.01 2019「ブラジャーVSレーシングカー副読本」

私の文章の最大の欠点は長い事である。一切の反論を封じ込めておこうと思うあまりに多角的な説明を試みるから、ついつい長くなってしまう。結果、読んでもらえなくて反論もくそも無くなるので逆効果なのは重々に承知しているのだが、性格なのだろう、直らない。本書では、あえて20000文字以内という目標を定めて簡略な表現に挑戦してみたが削り切れなかった。再挑戦予定。
本書は、拙著「ブラジャーVSレーシングカー」に描かれた事件について説明しているが、同じ内容では意味が無いので、事件の核心については「ブラジャーVSレーシングカー(林みのる著 第三書館出版)」を読んでいただくことにして、本書では、事件についての説明は概略に留め、主として、事件に至る原因となった、私の最後を大輪の花で飾るはずだった稀有壮大な計画の顛末と、その後の出来事など、クルマ造りにかかわる話を中心に語りたい。
一言申し添えるならば、私は印税をもらう契約にはなっていないので、「ブラジャーVSレーシングカー」が売れても私が儲かる構造にはなっていないから、決して売り込んでいる訳では無く、ただただ、何が真実かを見極めて頂きたいと願っているだけである。

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Jan.01 2019 HAPPY NEW YEAR

木林は、明けて1歳と3ヶ月になりました。一昨年来、PCにかじりついて執筆していた「ブラジャーVSレーシングカー」が昨年末に上梓されたので一息ついていますが、しかし、本が出ただけで問題は何も解決していませんから戦いはまだまだ続きます。
それでも、少し余裕が出来たので木林と遊ぶ時間も増えましたし、カブト虫の幼虫のような赤ちゃん時代と比べると表情も豊かになり動作も可愛くて、気が付けば木林の相手をしていますが、決定的に体力が不足しています。
これから走り回るようになりキャッチボールとかプールとか言い出したら対応のしようがないので、今後、レンタルの若い父親みたいなのが必要になるなと思っています。まあ、否応なく子供中心の生活になりつつあるこの頃です。

NEWS / INFO.

Dec.25 2018 「ブラジャーVSレーシングカー」が出版されました。


これを因果応報と言うのでしょうか? 好き勝手に生きてきた我儘な人生の末路に降りかかってきた想像を絶する不幸な出来事については、私も以前から「信じる者は掬われる」という表題で実態を訴えてきましたし、第三書館から「クラッシュ」「クラッシュⅡ」というドキュメンタリー本が出版されていますが、「信じる者は掬われる」は当ホームページからの発信ですから訴求力に乏しく、「クラッシュ」「クラッシュⅡ」は第三者のライターの著作なので私の言いたい事を伝えきれていなかったので、隔靴掻痒な状態が続いていました。
この間に、洋子との熾烈な戦いは裁判での敗訴が続いて、世間には、ますます誤解が拡がっていましたので、たまりかねて私自身の筆で真実をあからさまにする事を決意して執筆したのが「ブラジャーVSレーシングカー」です。
裁判や司法に関して考えが変わります。善良な隣人が牙をむき出しにしてくる恐怖はホラーそのものです。
ぜひ、ご笑覧ください。
「ブラジャーVSレーシングカー」 出版「第三書館」 林みのる著 定価1500円+税

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Jan.01 2018 HAPPY NEW YEAR

昨年の重大ニュースと言えば、何といっても睦美がひい孫のような男の子を出産したことですが、これにより、私のバラ色の老後は急激に色褪せて、育児に苦労→成長→おしゃべりを初めて一番かわいい時期を迎える→その頃、私は居ない、という最悪のシナリオが見えてきました。
出産直後は、夜中に何回も泣き出してミルクを与えないといけないので私も手伝っていましたが、その後、寝られないので、睦美に別の部屋で寝てくれと頼んでも、「みのるさんの横にいないと何かの時に助けられないから」と横で寝てくれていますから、つまり、3人で寝ています。
という事は、夜中に何回も起こされる訳ですが、昨年の3月に心筋梗塞を発症し、突然、意識不明に陥ったものの、たまたま、睦美が横にいた時だったので直ちに救急車を呼んでくれたので助かりましたから、文句も言えませんし、安心なのも事実です。
2ヶ月を過ぎた現在は、睦美は何回か起こされているようですが、私は慣れてきて熟睡するようになってきています。

一方、能力的に創造性を求められる仕事が出来なくなったので隠居したのだから、もう私に出来ることは何も無いので、今はしがないマンション屋さんです。
東大阪の近大前に一棟を買って、兵庫県の朝霧に2棟のマンションを建てて家賃収入で暮らしていかなくてはなりませんが、こんなしがないマンション屋さんのところに、なんだかんだと来客もイベントも多く、なんだかんだと接待交際費も嵩むのに、税理士からは、マンション屋では経費で落とせないと個人負担を強いられていますから、このままでは暮らしていけません。
童夢を経営していた頃は、ルマンの予算が足りないからと私が三食をインスタントラーメンで済ませても大勢には何の効果もありませんし、それは、小川の水を手酌で飲むような感覚でしたから水位の差は分りませんでしたが、今は、バケツの水を飲んでいるようなもので、飲むごとに減っていくのが分かりますから、ついつい、抑え気味になるものの、長年の習慣が抜け切れず、時々、バケツの底が抜けてしまいます。

昨年末、童夢の忘年会に参加しましたが、社長の高橋君がスピーチで収益改善に努力していることをアピールしていたので、私も「私が居ないだけで童夢は年間1億円以上の収益改善になっているのだから、私も陰ながら協力している」とアピールしておきました。実際には、もっと大きな金額になっていたと思います。
それにしても、高橋君のビジネスセンスというか経営者としての能力は高く評価しています、と言っても、私はビジネスの何たるかも知らないし、あまりにも私とは思考回路が異なるから本当は評価のしようもありませんが、私の勘として、高橋君が10年前に私の片腕として童夢の経営に協力していてくれたら、今の童夢は大化けしていただろうと思われて残念です。
佐々木や鮒子田などの片腕は、本当に自動車レースが大好きな連中だったし一緒に楽しんだ部分もありますが、結果的には、童夢の金を遣って散財していただけでしたから、浪費という点では私と同じ穴の狢でした。
ただ、まともなビジネスセンスと狂気じみたレース好きのどちらが童夢の将来を輝かせるかは私には分かりません。

それにしても、家庭は平和そのものです。育児を手伝い、言われるままに家事も手伝い、赤ちゃんが居るから自宅での食事が多くなり料理も私の担当です。睦美が早寝だから、時々、つられて10時ごろからベッドに入ったりします。
睦美にとっては、それが当たり前の日常となっていますが、私は心の中で、「俺は昔は、毎晩、朝まで飲んでいたし、家で食事をすることなんか年に数回も無かったし、月一のペースで海外にも行っていたし、毎日、幾多の女性からのお誘いをさばきながら生きてきた男だ!」と叫んでいますが、「じゃ、どうぞ」と言われても、もう朝まで飲めないし、食事に出かけるのも面倒だし、旅行もおっくうだし、女性からのお誘い自体が絶滅しているし、誘われたところで目的を失っているし、過去の栄光と凋落した現実のギャップの中での葛藤が続いています。
しかし、この、睦美の居る我が家の住み心地には何の不満もありませんし、私の人生で、これほど居心地の良い環境は初めてと言えますから、今の私は、凋落状態を安穏と過ごすことを幸せと思うようになっていますし、それが日常になりつつあります。

しかし、しがない隠居老人のささやかな幸せをかみしめながらも、一方、元嫁との戦いは続いていますから、今年は、そろそろ決着を付けるように核兵器を準備しています。
ひよっとしたら、この元嫁との戦いが、この私のあまりにも安穏とした平和すぎる日常に刺激を与え、生きる活力の源になっているのかもしれないと思える今日この頃です。

では、皆様におかれましても、元気な老後をお過ごしいただくか、コロッと死んでしまうか、楽ちんな余生をお楽しみ頂けるように祈念しています。

林みのる

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Jan.01 2017 HAPPY NEW YEAR

毎年、毎年、師走の声がちらほらと聞こえて来る頃になってから、「どこでも良いから南の島で今から空いているところ」と、あわただしくHISに飛び込むのが我が家の年末の風物詩となっています。
そんな押し詰まってから探しはじめてもロクなところは残っていませんから、ここんところ、PHUKETとかSAIPANとか、ちょっとラッキーにPALAU、沖縄が精いっぱいでしたが、これは、来年こそと年明けに予約をしておこうとHISに行っても、まだ受付が始まっていないから夏ごろに来てくれと言われたまま忘れてしまうからです。
今年も11月の末になってHISに飛び込みましたから、やはり正月にかけては希望のところが取れず、結局、クリスマス前に帰ってくる日程でGUAMしか選択肢はありませんでしたが、このお正月は新居に居たかったのでOKです。

この原稿は、GUAMから帰った12月23日に書いていますから、私の顔は真っ黒ですし、姪っ子の梨々華たち家族と共に楽しい時間を過ごしてきましたが、久しぶりにGUAMに行って思いだすのは、(株)童夢設立以来7年目の、まだ余裕もなければ先も見えない黎明期に、社員と家族、約40名を引き連れてGUAMに社員旅行に来た事です。
今から考えても、逆さに振っても鼻血も出ない状況下、無理矢理にルマンに挑戦していた頃に、何でまたGUAMなんぞに繰り出したのか良く覚えていませんが、私の決死の大盤振る舞いも、社員たちからは、「このクソ忙しい時に何で南の島や」と評判は芳しくなかったようです。
そう言えば、バブル崩壊の悪夢が顕著となる時期の1995年頃あたりに、事も有ろうか自前でF1のプロトタイプを開発していたのですから、今更ながら、あの時期に何であんな金のかかることが出来たのか、さっぱりと解りません。
まあ、それ以前に、何で童夢が私が引退するまで存続し得たのかすら理解できていませんが、私に解らないんですから、これから童夢を発展させていかなくてはならない人は大変でしょうね・・・(遠くを見る目)。

しかし、引退以来、1年半が過ぎて、仕事らしい仕事もしていないのに、やたら忙しくて何もかもが後回しになっていく現状にも理解が及びませんし、昔は、こんなことをしていたら将来は絶対にホームレスだと思っていたのに、何故、今、のうのうと暮らしていられるのかも解っていません。
しかし、こうしてみると私の人生、本人すら、さっぱりと訳の解らないままに勢いだけで転がってきたという感じですが、まあ確かに、クルマを作りたいという激情だけは溢れていましたから、それだけを原動力に突っ走ってきた人生だったと言うことででしょう。
だから今、資産運用の必然性から収益物件のようなものを取得しなければならない状況があるのですが、モノ作りが介在しない事には途端に発想力も判断力も決断力も無くなり、何についても迷うばかりで何事も前に進みません。

引退した今、今更ですが、私の本質って、こんなにもぐたぐただったんだとガッカリすることばかりで、もし私がクルマ作りに興味がなかったらと考えるとぞっとするくらい、今までの長きに亘って、クルマ作りだけが私を支えてきたんだという事を実感しています。
しかし、幸か不幸か、元嫁がボケている暇もないほどの課題を押し付けてくれていますし、またぞろ、盆栽趣味のようなクルマ作りに手を染めてしまいましたから、徘徊はもう少し先の事になりそうです。

さて、今年の正月は新居で過ごすことになりますが、別居した2012年以来の4年半にも及ぶマンション暮らしからの脱却に気分も高揚気味ですから、どうしても自宅で過ごしたかったのでGUAMも正月以前に帰国するスケジュールを選びました。
正月に家に居て何をするんだというと、それは、何をさておいても「白みそのお雑煮」を作ることですね。
味噌は山利としま村を使い分けますが、出汁が重要なのでこれから昆布の買いだしです。また、京都では、お雑煮を食べる直前に鰹節を振りかけますが、これは削りたてじゃないとうまくないので、美味しそうな鰹節も必要です。お餅は出町のふたばに頼んでおきます。
久しぶりの、我が家と言える場所で過ごすお正月、遠足前夜の小学生(私は並んで歩くのが苦手だったので、ほとんどサボっていましたが)のようにワクワクとした気分で準備を進めています。

林みのる

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Nov.30 2016 「やっと落ち着きましたので新居を紹介します」

第2の終の棲家を追い出されてからの1年間、たまたま投機的に所有していた新築の40㎡と言う学生用のワンルーム・マンションのような小部屋に住んでいましたが、何しろ、今までの住まいの1/15の広さですから如何ともしがたく、家具屋を呼んで、あらゆるところに収納を増設したり、ネットで探しまくって最小サイズの炊飯器やトースターを買ったり、超合理的な部屋に仕立て上げて暮らしていましたが、いかんせん40㎡では成す術もなく、当時の状況も相俟って息の詰まりそうな日々を送っていたものです。

当時は、まだ宝ヶ池の童夢発祥の地が戻って来るものと思いこんでいましたから、私はそこを住まいにしょうと思っていましたし、それまではこの小部屋で我慢せざるを得ないと耐え続けていましたが、それも1年近くなると限界に近づいてきていました。
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Nov.26 2016 「童夢 “ゆめ” を “かたち”に」が開催されました


2016年10月8日から、名古屋の「アウト ガレリア “ルーチェ”」で、いわば「林みのる展」とも言うべきイベントが開催されました。もう隠居老人である私としては何ともおもはゆい気持ちで恐縮するばかりですが、テーマとしては、童夢に至るまでの私の足跡を、実車や写真や映像などにより解りやすく展示していただきました。

【左】「カラス」「MACRANSA」「童夢-零」「童夢P-2」の展示。
【右】オープニング・セレモニーで、ちょっと講釈をたれています。

【左】オープニング・セレモニーに参加してくれた友人や近所のおっちゃん。
【右】何故か、社外持ちだし禁止の恥ずかしい資料も展示されています。

【左】「カラス」は昨年の私の引退パーティ「童夢の終わりと始まり」の為に復刻したものです。
【右】「MACRANSA」も復刻したものですが、こちらはヒストリック・レース仕様です。

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Jan.01 2016 「2016年のいろいろ」

新居
いやーっ、もともとは元嫁と係争中の宝ヶ池の旧童夢本社を取り返して自宅兼事務所にしようと思っていたのですが、解決を待つうちに時間は過ぎてゆき、やっと断念して土地を購入したものの、まだ残る可能性に引きずられて着工を延ばし延ばしにしているうちに、もう、マンション暮らしも3年になろうとしています。
そうこうしているうちに、あれほど狭くって物が置けなくて車も停められない文句たらたらのマンション暮らしも、セキュリティ面が安心、整理整頓しやすい、風呂がいつも温かいなど、その合理性と便利さに慣れてきて、今や、転居が面倒と言う気分になってきています。
何よりも、終の棲家も3軒目ともなると以前ほどは入れ込めず、かなり設計者にお任せの部分が多くなっていますが、それでも、基本レイアウトから照明器具の選定から家具の図面から内外装の指定からスイッチ類の取り付け位置まで指示していますから時間は取られます。
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Jan.01 2016 HAPPY NEW YEAR

私の正月も70回を越えましたが、最近、68歳で逝去と聞くと、ちょっと若いなと思いますが、72歳と聞くと天寿と思ってしまいますから、もうそろそろ、そんな年頃になってきたと言う事ですね。
昨年の7月15日には、私の引退パーティを開催し、盛大に幕引きをさせていただきましたので、もう、思い残すことも何も有りませんし、未だに占領下のごとき我が国情や、中韓にすり寄る人の多すぎる不思議や、度を超した自虐感や、出る杭が打たれ過ぎる狭量な世の中や、安保に寄りかかりながら米軍を追い出そうとする姑息さや、あの憲法を死守する意味も日米地位協定も日教組も「そこまで言って委員会」がなぜ田嶋陽子出し続けるのかも、全て私には理解できない事ばかりの、何とも居心地の悪い世の中となってきていますから、私に、これ以上、長生きする意味も必要も希薄になっています。
また、晩年になって、突如、私に降りかかった「奇異な出来事」も、世間の見方は、今までの私の生き様を看過した上っ面を舐めただけの一方的な物ばかりで、「あいつに限って」と言ってくれる人は、ほんのわずかですから、何とも徒労感に溢れた人生となりました。
(「奇異な出来事」については、拙著「ブラジャーVSレーシングカー」を読んでいただくか、May.01 2019 「ブラジャーVSレーシングカー副読本」を参照してください。

このような息苦しい状況は、私が棲みながら、ついぞなじめなかったレース界も同じようなものでしたから、最後の方は、もう、逃げ出すことしか考えていませんでしたし、リタイアして仕事から離れ、社会からも少し距離を置いたら、いわゆる仙人的な境地が、私を、全く異なった環境に導いてくれるのではないかと期待するようになっていました。
そのような浮世離れした境遇のもと、好きな海に出て釣り三昧、沖縄に別荘を作ってビーチ三昧、夜は街に出て放蕩三昧、そのうち体も弱ってほうけ三昧、と思っていたらコロッ、というのが現在の私の理想です。

そのような私の極楽へのシナリオは、ある意味で台本どおりに進行しているのですが、一筋縄ではいかない一部の出演者たちの勝手な振る舞いに翻弄されて、けっこう、シナリオの書き変えが頻発していますので、少し浮世離れは遠のきつつあるところに、その上、ついつい、状況に流されて悪魔の囁きに耳を貸す、というより、自らが悪魔となって囁いているようなものですが、又もや、新たなクルマ造りが始まりそうです。
つくづく、反省と言う言葉をしらない人間だと思いますが、今回は、目的を「後進の育成」に絞った私的なプロジェクトであり、ほぼ、老後の盆栽趣味のようなものですから大げさな物ではありませんので、いずれ、品評会のようなシーンでお披露目したいと思っています (本件に関しては、追ってお知らせします) 。

このように、生きているのか死んでいるのか解らないような2016年の正月となりましたが、後進にチャンスを与え、未来を託し、私も、原点としてのクルマ造りを楽しみながら、気が付けば、沖縄のビーチで潮騒を聞きながら読書にふけるような(目標は1年半後)日々が来たらんことを願っているこの頃です。

林みのる

NEWS / INFO.

Dec.26 2015 「クラッシュ」という本が刊行されました。

>>dec.25 2018「ブラジャーVSレーシングカー」が出版されました。で紹介している本の内容は、以前は「信じる者は掬われる」という表題で、このホームページにアップしていました(現在は内容を更新して>>may.01 2019 「ブラジャーVSレーシングカー副読本」となっています)。
それを読んだ出版社の社長が私の友達を介して取材を申し入れてきた事から、ルポライターが独自の視線から取材して真実を探るというスタンスのドキュメンタリー本の出版が実現しました。
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