COLUMN / ESSAY

「せめてLobsterに」-レース界評論-

誕生日のひと月も前から、買う雑誌はファッション誌だけになって、お洒落なアクセサリーばかり眼で追ってるし、暇さえあれば、秋葉原より銀座や表参 道に出かけてはウインドゥショッピングにうつつを抜かしているし、愛する人へのプレゼントを選ぶことしか頭にないような時期は、血迷っているとしか言いよ うのないものの、それはそれで得難い至福の時でもあった。
そんな気持ちが、いつ、どう、褪せてきたのか覚えは無いものの、いつしか、的外れな問いかけにイラッときたり、待ち合わせの5分の遅れが不機嫌の原因に なったり、絡めてくる腕の汗っぽさがたまらなく気持ち悪くなったりと、よくまあ、これほど気持ちが変わるものだと自身の心変わりに呆れるくらい、時には、 時間は残酷なものだ。
いや、時間のせいだけではないのだが、どんな大恋愛でも壊れるときは壊れるのだから、まして、私の半世紀になんなんとする片思いなんか、終わってみればいともあっさりしたもので、それはまるで火祭りの後のように、そこには、燃え尽きた灰が舞っているだけだ。

私は、ここ十数年に亘って、日本の自動車レースの改革を叫び続けていたが、その声がどこにも届かないのは力不足として も、日本のレース界に私の主張が受け入れられない理由が、それを私が主張しているからであるというパラドックスのような現実があからさまになってきたこと は、私にとっては、それはまるで茶番劇の道化を演じていたほどに汗顔至極で居たたまれない気持ちではある。
それはまるで、うだつの上がらないサラリーマンたちの合コンに「嵐」のメンバーが一人紛れ込んで、懸命にその場を盛り上げようと努力しているが、サラリー マンたちにとっては、居なくなってくれることが一番ありがたいという状況に似ていて、いわゆるおじゃま虫だ。言い過ぎだろうか?
つまり、技術分野を排除した形で成立している日本のレース界の中で、技術分野の能力向上に努力すればするほどそれは異端な存在となり、レース界全体が抗体となって排除に動くという構造であり、要するに癌だ。

45年に亘って日本のレース界を見てきて思うことは、なぜ、いつまでもマイナーなままなんだろうという謎が解けないこ とだった。これがボブスレーとかの予算の少ない小規模なスポーツならいざ知らず、毎年、自動車メーカーが大枚のお金を投じて維持に努力しているにかかわら ずである。
さすがに十数年前くらいからは、おぼろげながらその原因も解決方法も解ってきたし、このままではいつまで経っても何も変わらないことも解ってきたので、それからは、事あるごとに日本のレース界に改革の必要性を説くようになっていた。
それらの私の意見の内容に関しては、童夢のホームページの私のコラム(クルマとモータースポーツの明日 - GAZOO RACINGなど)で詳しく述べているので参照してほしいが、簡単に説明すると、日本の自動車レースはドライバーの育成だけが目的となっており、自動車 レースの本質である技術の戦いが度外視されているために、技術も産業も育たず、自動車メーカーから下賜される資金の範囲内だけで回っているから、自動車 メーカーの予算=自動車レースの規模となり、その予算規模が恒常化しているから、必然的にいつまでも変わらないという訳だ。
だから、この枠をぶち抜いて発展振興させるには、技術力を育て産業を振興して、自動車レースを本来の姿に回帰させる必要があるというのが私の主張である。
もう少し突っ込んだ話をすれば、現在は、自動車メーカー主導で金がばらまかれているからメーカーのコントロール下にある訳だが、自動車メーカー同士が名誉 をかけて戦わなくてはならないような状況になれば違う規模の予算が出てくるはずで、これは、HONDAやTOYOTAがF1で浪費したムダ金の数分の一で も国内に回れば、国内のレース界がどれほど潤ったかを想像してみたら理解できるだろう。解るかな?

さて、その内容はともあれ、十数年前から改革の必要を叫び始めた私だが、あまりにレース界が無反応であることと、私も 引退の潮時が近付いてきたため、最後の悪あがきとして「日本自動車レース工業会(JMIA)」を創立し、具体的な成果を示すことによって理解を得るという 道を選んだ。

この会の趣旨としては、「技術と産業の育成による自動車レースの発展振興」に尽きるから、JMIAとしてはまず、日本 では絶滅してしまった概念である「レーシングカーを造る楽しみ」を復活させることを目的に、決められたレギュレーションの範囲で自由にレーシングカーを造 ることができるシステムとして「F20」の構想を立ち上げた。
これらはいくつかの伏線があり、まず、安全性の見地から、モノコックはカーボン・コンポジットにする必要があったが、これは通常では非常に高価なものであるから、どうしても安価なカーボン・コンポジット・モノコックが必要であった。
その為に童夢では、かなりの開発費と時間を投入して全く新しい構造のモノコック「UOVA4」を開発していたが、これとて、ある程度の数を造らないと希望の価格帯には降りてこない。
だからJMIAとしては、当初から、FJやSFJやF4へも導入し、生産の効率化を図ることによって大幅なコストダウンを実現することを考えていた。
カーボン・モノコックによる安全性の確保は時代の趨勢でもあるし、安いからと言ってぶつかったら大事に至る可能性の高いレーシングカーがまかり通るご時勢 でも無いだろうから、童夢としては、レース界への奉仕活動くらいの気持ちでお金と時間をつぎ込んでいたものだ。

そこで、FJやSFJやF4をここまで育ててきた立役者であるWESTの神谷をJMIAの理事に招き入れて、協力しながら、日本の自動車レースの発展振興に努力することをお願いした。
当時の当面の課題は、FJ、SFJ、F4へのカーボン・モノコックの導入であり、特にF4はレギュレーションでカーボン素材の使用が禁止されていたので、このレギュレーションの改正も急がなくてはならなかった。
当初から神谷はJMIAのF4への進出を危惧していたが、JMIAとしては、空力開発の重要性も重視していたので、もっと自由度の高い、スポーツカーも可 能なF20という新たなカテゴリーの構築を目指していたし、神谷が作り育ててきたと言えるFJ、SFJ、F4に手を出すつもりは毛頭なかった。
JMIAの会員企業により、3台のF20のプロトタイプも完成して発表会でお披露目するなど着々と準備が進む中、JMIAの理事会では、神谷が担当しているはずの、UOVA4のFJ、SFJ、F4への導入がまるで進まない。
月に1回の理事会で、毎回のように「どうなった?」と聞いてもまるで埒があかない。

この神谷が、事実上、主宰するF4協会にはJMIAの理事も参加しているのだが、その人たちに聞いても進捗具合が掴めない。なんか、F4協会の周りだけ霧がかかっているように見えにくくつかみどころのない時間が過ぎていった。
そのうち神谷から、「モノコックがカッコ悪い」とか「安全性が保障されていない」とか意外な言葉が出てくるようになって、「えっ!何?」と思う間もなく、JMIAを脱退してしまった。
JMIAとしては、FJ、SFJ、F4に対するUOVA4の販売はWESTに任せ、充分な利益幅を提示していたから青天の霹靂だったが、問題は、 UOVA4の生産量が確保できないと、目標としていたアルミ・モノコックなみの価格が維持できないことだった。
当時、誰に聞いても、神谷が飛び出していった理由は定かでなかったが、何人かの人の意見では、あまりにFJ、SFJ、F4へのUOVA4の導入の進捗が遅 いのに業を煮やした私が神谷に「いつまでも危険なレーシングカーを走らせていられる時代じゃない」と言ったのを「お前が危険なレーシングカーを走らせてい る」と言われたと思って、いたくプライドが傷ついたということらしいが、まあ、そういう意味だから誤解ではない。

神谷が飛び出して、UOVA4をFJ、SFJ、F4に導入するという話は頓挫してしまったが、既に、F4へカーボン・モノコックを採用できるようにレギュレーションを改正するような手続きは進んでいたので、それはそのまま進めることにした。
しかし、UOVA4に関しては根本的な成立条件が整わなくなっているし、神谷が居ようが居まいがF4の安全性の向上は必至であるからF4への導入は進めるべきだが、いずれにしても、F20だけのためにUOVA4の開発は負担が大きすぎる。
基本的に、F20を立ち上げようとした背景には、神谷が育てたF4には介入しないという前提が大きく影響していたのだから、神谷が反旗を翻して去った今、もう遠慮や配慮は必要なく無くなったという事でもあった。

そこでJMIAは大きく方針変更し、F4のレギュレーション改正を急ぎ、カーボン・モノコックの採用を可能とした後、 JMIAの総力をもってF4に参入し、技術力を投入して戦える日本では数少ない自動車レースとして、F4の発展振興を図ることによって日本の自動車レース の改革の礎にしたいと考えるようになった。
そして、2010年度のレギュレーション改定案をJMIAの技術担当者が作成してF4協会にデータを送り、F4協会からJAFに提出されるという段取りで 進めることになったが、通常、JAFは何もしないことを前提に存在する有名無実の組織だから、めくら判を押すだけでそのまま採用となる。
忘れもしない2009年の7月7日の夜、これは、この書類がJAFに提出される前夜の事だが、私が銀座で酔いしれている最中にJMIAの理事から電話があ り、先ほど、F4協会から提出されたレギュレーション改変に関する提案書からカーボン・モノコックの項目が削除されているらしいとのこと。
これはたまたま、事情を知った人が事前のチェックをしていたから発見されたし伝えられもしたが、通常は、そのままJAFに提出されてめくら判を押されてお 終いであり、こういうところだけ役所的杓子定規なJAFがこの裁定をくつがえすことはあり得ない。
つまり、かなりの確率でカーボン・モノコックの採用は一年先延ばしされていたという事だ。
だれがこれを実行したのかは知らないが、JMIAからF4協会にデータを送り、F4協会がプリントして捺印してJAFに提出した過程で改竄されたという事である。
まあ、JMIAに決定権があるのかというとそうでもないので規約的に何が正しいという話ではないが、UOVA4などの準備が整いつつある状況を熟知しての 妨害行為は、JMIAのF4協会に対する気遣いというか思いやりというか、そういう気持ちを根こそぎ吹き飛ばすに充分な行為ではあった。
しかし、JMIAの理事にはF4協会にも参加している人も少なくないし、何と言っても、ほぼ全員が神谷とは旧知の仲なので、その時点では、F4が発展振興 することによってお互いにメリットを分かち合えるような、流行の言葉で言えば、戦略的互恵関係を目指そうという気持ちを全員が共有していたことは確かだ。

ところが、その後の鈴鹿あたりでは、やれ、「UOVA4はぶつかるとパラパラになって危ないらしい」とか「FIAの安全基準をクリアしていない」とか、いろいろな誹謗中傷が聞こえるようになってきた。
あえて注釈を加えるなら、もとよりF4に安全基準は存在しないし、既存のアルミ・モノコックがFIAの衝突試験を受けたという事実はないし、UOVA4はFIAのF3の安全基準に準じた試験をパスしている。つまり、単なる誹謗中傷である
その上、日本で唯一と言える自動車レース専門誌である「AUTOSPORT」の編集長からは、その公式web上で、まるでF4の破壊者のようなそしりを受 けて、そこには、想像だにもしていなかった侵略者に対する排他的な雰囲気が盛り上がりつつあった。

アルミ・モノコックと同等価格のカーボン・モノコックの実現は、発明と言っても過言ではない価値ある開発であったと自 負しているし、これが無ければF4に未来はなかっただろう。そして、UOVA4やF20やJMIA F4やエンジンやギアボックスの開発や車両の制作費や ワークスチームの投入などを含めると、JMIAの会員企業の先行投資は莫大である。
このご時勢、大変なリスクと決心を背負って努力しているボランタリィな事業に対して、このような根拠のない誹謗中傷には、本当に落胆したし、初めて失意という言葉が実感として身に染みたものだ。
なけなしの金で山ほどのプレゼントを買って孤児院を訪れたら、つまみ出されて塩をまかれたような気分だが、その時点では、その孤児たちの思惑は理解できていなかった。

それでも、やりかけたことはやり遂げて結実させてないといけないという思いは強かったので、なけなしの予算から賞金を 捻出したり、いろいろな企業から副賞を集めたり、JAF GPのサポートレースに入れてもらったり、国土交通大臣杯の授与を取り付けたりと、いままでのF4とは次元の異なる華やかさの演出や出場チームの確保など に努力するとともに、反発を強める可能性が高いので、楽しみにしていた童夢自身のコンストラクターとしての参加は断念し、チームとしての活動も委託するな ど、それなりの配慮もしてきた。
ところが聞こえてくるのは、JMIA F4以外の参加者から、JMIAのお膳立てしたJAF GPはボイコットするとか、例え国土交通大臣杯の授与の対象となっても受け取りを拒否するとか、想像を絶する反発の声だった。

志を理解してもらえずに挫折するとか、真意が伝わらないというような話とは関係なく、この連中の思考回路がどんなロ ジックで成り立っているのか、頭の中を覗いてみたいほど理解不能だったが、いずれにしても、我々の努力の結果を、ボイコットしたり拒否したりという罷業的 行為で潰しにかかろうという意思があからさまに見られるということは、例えその行為が実施されなかったとしても、私のF4の発展振興に賭ける思いを踏みに じるには充分な出来事だった。
つまり、嫌になったという事だ。なぜ嫌になったのかというと、これらの反発のほとんど全ての理由が、日本で唯一、本格的なレーシングカー開発能力を持つ童 夢という目の上のたんこぶに対する警戒心からくるものであり、すなわち、童夢という存在が目障りで邪魔
でしょうがないから、レース界からは、何をしても無視か反発しか返ってこないという訳だ。植木等流に言えば「お呼びでない?」というフレーズになるだろうから、「こりゃまた、失礼しました」と退場するしかない。

そんなこんなで、結構、凹んでいた頃、SGTにZYTECのハイブリッドシステムをワンメイク導入することが検討されているという噂が聞こえてきた。その後、FNへの採用も検討されているとも聞いた。
今の日本の自動車業界に誇れるものはハイブリッド技術くらいしかないし、また、これからの自動車産業にとって重要な技術的要素であるハイブリッド技術を、 全ての自動車メーカーが英国のベンチャーから導入するというのだから、私はこの話を聞いた時にわが耳を疑ったが、残念なことに事実だった。旗を振っている メーカーの担当者に売国奴とまでその行為を謗(そし)ったが反応は無い。
SGTでもDTMの導入が検討されているが、関係者に、真剣に技術面での考察検討を行おうとする感性が欠如しているから、つまるところ、DTMに与(くみ)される結果になるのではないかと憂慮している。
FNもFCJも、依然、外国製のレーシングカーへの憧れが強いのか、レース界の構造的問題なのか、そこに、日本の技術と産業の育成などと言う理念は欠片(かけら)もない。
ここでも、それらの国産化を考えた場合、全てが童夢に利するというか童夢頼りになることに対する警戒感のような感情が作用していることを感じるし指摘もされる。
つまりここでも、童夢の存在が、日本の自動車レース技術や産業の発展を阻止している要因となっているということだ。
まあ、「それは君の個人的な資質に由来するのでは?」と指摘する人もやたら多いので、その可能性も否定はできないが。

しかし、冷静になって考えれば、「技術と産業の育成による自動車レースの発展振興」を叫び続けているのは私だけなのだから、私が退けばそれで全てが丸く収まるという話であり、つまり、私だけがこの業界の癌だった訳だ。
なんか、終わってみればあほらしい話だが、もっとも、いつの世の改革にも、大衆の支持があっての成功がある訳で、レース界を全て敵に回したような改革は、それは反逆とは言えても、もとより改革ですらないという話だ。
「こりゃまた、失礼しました」としか言いようもないが、自動車メーカーから下賜されるお金だけで成り立っているこの業界は、密閉したガラス瓶に水と水草と エビだけを入れた自然循環モデルのように、そのスケール内では、いつまでも生き延びることが出来る約束の世界であり、そのエビもその環境に順応してしまっ ているから、流行(はやり)も廃(すた)りもしないでいつまでも続いているということに過ぎない。
もう一つ、この自然環境モデルの成立に必要不可欠な光は、さしずめ、自動車メーカーからの金ということになろうが、まあ、そういう訳で、この光が降り注い でいる限り、この密閉されたガラス瓶の世界は安泰であり、最初に言った、自動車メーカーの予算=自動車レースの規模は保たれるという訳だ。

その光源である自動車メーカーの自動車レースに対する施策は、近年のF1活動の無為無策さを見ても解るように、かなりアマチュアライクであり、これが日本の自動車レースを停滞させている元凶だ。
私が、長年に亘って自動車メーカーのレース担当者を観察して思う事は、くるくる変わる人事も問題だが、基本的に、何かしなくてはいけないけれど何もしては いけないサラリーマンという職業意識と、本来、熾烈な戦いであるはずの自動車レースは水と油のようなものだから、いつしか日本の自動車レースは、勝敗を分 かち合うSGTとドライバーの育成のフォーミュラ・レース、つまり、勝った負けたで責任を取る必要のない自動車レースだけになってしまったという訳だ。
しかし、このサラリーマンという人種は、やっかいなことに金を握っているから、あだや疎(おろそ)かに扱えない上に、何かしなくてはいけないという立場か らはいろいろ意見も言うし行動もする。存在感を示すためには一家言ありそうに振る舞うものの、しょせん、家庭菜園をたしなんだくらいの知識で日本の農政を 語ろうとしているようなものだから、もとより、地球における食糧事情については思いも及ばない。

その自動車メーカーのレース担当者たちの大勢の意思として、SGTとFNにZYTECのハイブリッドの導入話が進行しているという冗談が実話だと聞いたとき、F4問題で燃え尽きそうになっていた私の自動車レースへの情熱の炎がふっと消えて何も見えなくなってしまった。
噴火口から飛び出してきたマグマが体に飛び込んできたのではないかと思えるくらいの、下手をしたら焼き尽くされてしまうような、自分自身でも手におえない ほどのレーシングカーに対する熱情も、長年に亘って冷や水を浴びているうちに炭団(たどん)くらいに冷めてはいたものの、F4とZYTECの連続豪雨で完 全に消えた。
過去にも、何回もギブアップしそうになりながらも、まだ何とかなるのではないかとか未練を残したまま諦めきれずにいたようなところはあるが、今回は、完全 にメインスイッチがOFFになったような気分の上、自分が、この日本のレース界に居ること自体に違和感を覚えるような、客観的というか醒めたというか、そ んな眼でレース界を見始めている自分が居る。
まあ、自動車メーカーが金を出し続けている限りこのガラス瓶の自然循環モデルは安泰だから、現在、その恩恵に浴して満足しているレース界の諸君にとっては、何も変わってほしくないというのが正直なところなんだろう。ご同慶の至りだ。

なお、自動車レースに対する情熱は霧消してしまったが、ビジネスとしては続けて取り組んでいくつもりだし、F4に関し ても推進していくことに変わりはない。日本自動車レース工業会の会長も誰も代わってくれそうもないので続けるしかないし、やるからには成功させたいと思っ ているので、今後ともよろしく。

最後に、このコラムを見ているレースが大好きな童夢社員へのメッセージとして、「今後、童夢としては、ビジネスとして自動車レースと取り組む」と言っておく。
つまり、今までのように、まずレースありきで、その費用を補うためにいろいろな仕事をするのではなく、童夢の技術力とノウハウを活かして利益を生むビジネ スとして取り組むということであり、ホビーとしてのレース活動からは卒業するという事だ。
だから従来は、「好きなことをさせてやっているんだから好待遇まで望むな」という雰囲気もあった給与体系も抜本的に改革する。ビジネスとして取り組む以上、会社に利益をもたらす人材を優遇するのは当然だ。
また、2011年4月に創業35周年記念パーティを盛大に開催して、新たなる童夢の出発を高らかに宣言する予定だ。
私は、小エビで一生を終るつもりは無いからこの小瓶から飛び出すしかないが、歳を食った小エビに残された時間は多くないものの。やりたいことは山積してい るので非常に焦っている。とりあえず今は、世界最高のEVスポーツカーの開発に熱中しているところだ。

林 みのる