COLUMN / ESSAY

「X JAPANの夜」 ―ESSAY―

私もその昔は、いっちょまえに「PINK FLOYD」や「LED ZEPPLIN」
や「DEEP PURPLE」や「BOSTON」などのポピュラーなバンドはだいたい好きで、海外でコンサートのポスターなんかを見つけたら聞きに行っていたし、特に「PINK FLOYD」はほぼファンクラブレベルほど入れ込んでいた。
1983年、さる英国の友人から、持ちこみでルマンに参加したいドライバーというのを紹介されて会ってみたところ全くのアマチュアだったが、CVを見たらPINK FLOYDのドラマーのNick Masonだったので即採用したくらい興味を持っていた。もっとも、あまりの資金不足のために日本で設計して英国で制作したかなりいい加減なマシンだったのであわや予選落ちだったし、レースも7時間くらいでリタイアしてしまったが。
弟がPAの会社をやっていて、「MANHATTAN TRANSFER」や「SANTANA」などの京都公演を担当していたから、公演終了後は興奮冷めやらないメンバーたちとライブハウスに行って朝まで騒ぎまわっていたものだ。そんな時はオーディオに詳しい私がセッテイングやコンソールのミキシングを担当していた。
また、弟はロックバンドを結成していてリードギターを担当していたが、ある日、ドラムが脱退して困っているから助けてくれと泣きついてきた。いくら泣きつかれても一度も叩いたこともないから、所詮、無理難題だったが、たぶん、先払いでギャラでも貰って抜き差しならない状況だったのか、無理やり練習させられて、2日後くらいには何とかどんどんしゃりしゃりくらいは音が出せるようになってきた。
必死なメンバーは口々に「お兄さん、素質があります」とか「これからもお願いしますよ」とか言っておだてまくっていたから、わたしはすっかりとその気になってソロ無しのワンパターンのどんどんしゃりしゃりで1ステージを乗り切ったが、その後は一切とお声がかからなくなり、すぐに新しいメンバーが見つかったおかげで、MINORUという天才ドラマーの誕生は幻となった。
初めてのコンサートは1973年のElvis Presleyのハワイ公演だったが、最近のコンサートが2002年のPaul McCartney日本公演というくらいだから、今回は本当に久しぶりだったけど、東京ドームに近づくにつれ、東京ドームを中心に、なんだか異常な雰囲気が周囲を取り巻いていて、溢れんばかりの人々が東京ドームに吸い込まれていっているという状況だった。
最初は、そのすべての人たちがX JAPAMのコンサートに来ているとは思っていなかったので、ドームの近くのいろいろなビルで催し物があり、それらの観客でごった返しているんだろうと思っていたくらいだ。
当日は会場に「ROCKST☆R DOME NSX」を展示していたが、足りないステッカーがあるとのことで大騒ぎになった。しかし連休中であらゆる手配が整わず、結局、私がチームのスペアを持って貼付に行かなくてはならないことになって会場に駆け付けた。
駆け付けたのはいいが、あまりの人だかりとカメラの砲列の中で車両にステッカーを貼付する勇気はなく、さすがに躊躇していると、YOSHIKIサイドのスタッフは「これじゃ無理そうだから後にしましょう」と、あっさりと断念してVIPルームに通された。
大山鳴動してネズミも出ずというところだ。
8~10人用のガラス張りの部屋の外に観覧用のシートが設置されたバルコニーのある豪華な部屋だが、最初は1人から、途中からレースクィーンなんかが加わってやっと数人と言う贅沢な環境だった。
もともと、ステッカーを貼付に行ったのだから到着した時間は早く、まだ席が半分くらいしか埋まっていない状態から観察していたが、5万5000人収容の会場はみるみる埋め尽くされ赤や青のスティックライトの明かりが100万$の夜景のように視界いっぱいに広がっていった。
いつも開演が大幅に遅れると聞いていたが、私は待つのが大嫌いな人間だから、お気に入りの女性とのデートでも15分が限界だ。まあ、30分遅れたら帰ろうと思っていたら20分遅れで始まった。
最近は音楽もろくに聞かなくなった私が公演内容についてとやかく言っても仕方が無いので割愛するが、私のドラマーとしての経験から言っても、YOSHIKIの演奏は想像を絶していた。まあ、カート初心者がF1ドライバーのテクニックについて評論しているようなもので、それがどうしたというような話だが、音響がイマイチでまるで何をしゃべっているか解らないにもかかわらず、まるで観客には全てが理解できているような一体感とリアクションは、調和というよりは宗教的な狂気さえも感じてしまうほどの盛り上がりを見せていた。
お前が難聴で聞こえなかったんだろう?と思われるかもしれないが、同席していたレースクィーン達も解らないと言っていたから私だけの問題ではない。
そのうち、スティックライトの揺れが体で感じるようになってきた。VIPルームのバルコニーの上にも観客席があり満席状態だ。大阪ドームはXジャンプが危険だからと公演を断られたと聞いたが、スティックライトを振るだけで揺れを感じるようならば、ジャンプなんかされたら崩壊するのではないかと本気で怖くなってきた。
会場のいたるところに「ジャンプ禁止」と書いてあるが、このノリでジャンプしない訳はないし、ジャンプする曲(X)は最後の方だと言うから、そのXが始まる前に帰ろうと思っていたら、いつの間にかその曲になっていて、会場の全員がきっちりとジャンプしていたが、何となく、全員が気を遣って軟着陸しているようで、ズシンという圧力は感じるが、大きな振動とか恐怖を感じるほどには至らなかった。
その後、混まないうちに会場を後にしたが、日本の3大自動車メーカーが力を注ぎ、大枚の予算を注入して、何十ものチームとレーシングカーがバトルを演じるGTレースの観客動員数が4万ちょっとという現実を知る者として、この数人のグループの音楽を聴くために集まっている5万5000人×2日という数字もさることながら、その熱狂ぶりが人気を盤石のものにしているようで、手を変え品を変えてギミックのバトルの演出に汲々としているGTレースの現実がとても情けなく見えてくる。
X JAPANのコンサートとGTレースでは、仕掛けも訴求する内容もファンが期待するものも根本的に異なるが、現在のGTレースはひたすら興行としての成功を目指しているのだから、その意味ではX JAPANの足元にも及ばないのは事実だ。
数人のグループに過ぎないX JAPANの集客力と信仰にも近いファンの熱狂ぶりにショックを受けながら帰途についた。