COLUMN / ESSAY

「走った !!」 ―S102開発レポート―

資金作りに追われてスタートは遅れるは、開発も経験不足で予定通りには進まないは、途中で資金が無くなって中断するのはお決まり、とにかく、後半は徹夜の 連続が当たり前だった昔のレーシングカー造りと違って、今日では、全体的なレース計画の一部として、予定通りに完成させて予定通りのテストスケジュールを こなすことが当然となっているから、レーシングカーの完成時期が遅れるという事はテストスケジュールを圧迫することになり、直接的にレースでのパフォーマ ンスに影響を与える可能性の高い大失策である。
新型車を開発する以上はどんな初期トラブルが発生するかわからないから1月末のシェイクダウンを前提条件として開発が始まったが、ずるずると設計が遅れる とともに、不幸にも、いつもは比較的納期の安定しているギアケースの製作が大幅に遅れ、それらが相まって約2ヶ月の遅れが発生してしまった。
その結果、エンジニアが何回も英国に飛んだり、加工ミスをなくすために加工シミュレーション用の光合成樹脂のダミーを製作してやり取りしたり、不要な費用 と無駄な工数が多大に発生し被害は甚大だ。ただし、かと言って被害の損害賠償を請求できたり先方が菓子折を持って謝りに来たりする訳ではないので、加工先 の問題と言うよりは我々の慣れとか油断が原因ということだろう。

そんな訳で、童夢のガレージでは久しぶりの徹夜作業と綱渡りの切羽詰まった状況に、ある意味、レーシングカー造りの醍醐味 のような雰囲気も漂っていたが、遅れているのはギアケース一点だけであり、反対に、その他の部分に関しては充分に時間をかけて組みつけられているので、問 題は、4/7~8のシェイクダウンに間に合うように、3日夜までにギアケースが童夢に到着するかどうかが全てとなっていた。
しかし、ギアケースが取り付けられないとセルモーターが無いのでエンジンもスタートできず、当然、エンジン回りの調整やパドルシフトの調整などもぶっつけ 本番にならざるを得ないし、シェイクダウンで長々とパドルシフトの調整に時間を取られていたらテスト自体が無駄になってしまうから、やはり、ルマンを制す るためのプロジェクトとしては出足から大失速していると言わざるを得ない。

ところが童夢では、案外、こういう不手際が許されてしまう土壌がある。それは、基本的なマインドがコンストラクターである から、連日の風洞実験でどんどん数値が向上している最中にタイムリミットだからこのあたりで切り上げようとか、経験がないからカーボンのギアケースは止め とこうとか、レースに勝つための賢い選択よりも技術的な冒険とか成果を重視する傾向にあり、その結果、多少、完成が遅れても仕方がないのである。
エンジニアの湯地が、現地でガミガミ言い続けて、やっと完成したギアケースをハンドキャリーで持ち帰ったのが3日の夜半、徹夜で組み立てにかかったがセル モーターのパワー不足や、案の定、パドルシフトの不具合などの不都合がいろいろ出てきて、6日になっても作業は続いていた。

6日の夜は、我が家恒例の花見の会で、60名くらいのお客を迎えてどんちゃん騒ぎの真っ最中だった。モニターに組み立て中 のS102の画像を映し出し、奥からの経過報告をアナウンスしながら、果たして明日のシェイクダウンに間に合うのかどうかと緊迫感あふれる花見となった が、みんな酔っ払いとなってカラオケが始まったころ、奥から、「まだ作業が残っているので、明日の早朝、鈴鹿に運びます」とメールが入ったので、私は、走 りだしは午後と判断し、もう少し飲むことにした。

私がレーシングカーを造っていて一番楽しいのは、計画がスタートするまでのプロセスであれやこれやと思いを巡らせている時 間だが、これは、いわば妄想の世界であり、現実的には、製作した車両が動き出す瞬間、つまり、シェイクダウン・テストが一番好きな瞬間だ。だから、シェイ クダウンは万障繰り合わせて立ち会わなくてはならないが、風邪気味と二日酔いの最悪のコンディションをおして鈴鹿に着いたら、予想に反して、予定通りの9 時から走り出したとのこと。まあ、大過無く走っているとのことで一安心したが、走りだす瞬間を見られなかったので急に体調が悪くなり、早々と引き上げるこ とにした。

けっこう雨が強かったので、S102の性能がどうのこうのと言うには時期尚早だが、車両の完成度は高く潜在能力には期待できるという雰囲気には満ちていたが、それだけに、完成が遅れたことが悔やまれる。
テストレポートは鈴木英紀のおたく目線のレポートに詳しいと思うので、ここでは割愛するが、ドライバーの選択について良く聞かれるのでここでお答えしておこう。
S102を開発したのは、ここ3年間くらいでルマンの決着を付けたかったからで、車両も体制もドライバーも、その目標に向けて計画的に作り上げていこうと 思っているから、現状、ルマンで速いドライバーというよりも、少し経験をつんだのちのポテンシャルを予想して選択している。
よく、なぜHONDA系ではないのか?と聞かれるが、童夢のルマンプロジェクトは全くHONDAとは関係のない独自の活動だから全くこだわる必要はない。
もうひとつ、童夢がこれだけのプロジェクトを進めているに、乗りたいと申し出るドライバーほとんど居ないけれど、そんな環境の中でも、積極的に売り込んできたわずかなドライバーには優先的にチャンスを与えようという思いもあった。
それが、結果的に伊藤、片岡、立川の三人になったという事だ。
開発の現場では、せっかく童夢の全てを投入して開発した車両なのだから、外人でも何でも速いドライバーを選択すべきだという声が多いが、ルマンで速いドラ イバーは来年も居るのだから、車両の煮詰まり具合を見ながら来年の話にすればよいと考えている。
私としては、ちゃんとしたチャンスと経験を与えれば日本人ドライバーも馬鹿にしたものではないと期待しているので、その為には、今年から経験を踏ませなくては間に合わない。
まあこれも、私の大嫌いなドライバー育成に他ならないが、遅くても日本人ドライバーに乗せるという話ではないので、オーディションと言ったほうが的確かもしれないが。

次回、16~17日の富士でのテストを楽しみにしている。