COLUMN / ESSAY

「かくして革命軍は自壊にいたりました」 -レース界裏話-

先ごろ、レース界のお歴々を招集して、日本モーターレーシング協会(仮称)のようなものを創立し、日本の自動車レースを根本的に改革しませんかとお誘いしました。
順序立てて説明すると、昨年末にかけて、GT-Aの崩壊が現実味を増しつつある時期、その先行きを危惧した舘や坂東たちから、善良な解決策について相談を 受けましたが、その主たる危惧は、「例えSGTCが元通りになったとしても、このままでは、日本の自動車レースの将来に希望が見えない。この際、GT-A の再構築を成し遂げることと並行して、日本の自動車レースを、より発展振興させる良き手立ては無いものだろうか?」というような内容でした。私も、常に同 じ思いを抱いていましたし、今までも絵に描いた餅のような理想論は展開してきましたが、例えそれが正論であっても、言葉だけでは、膠着した日本のレース界 の人たちの頭を切り替えるには力不足で、もうとっくに諦めていたことでした。しかしこの時は、日本で唯一、盛況を極めているSGTCの実質的な支配権を臨 時革命政権であるGT-Eが掌握している状況でしたから、この、自動車メーカーを含め日本の全てのレース関係者にとって無くてはならないSGTCの支配権 を活用しながら、SGTCだけではなく、日本のすべての自動車レースを根底から改革し、もっと将来に向けて希望の持てる、日本の自動車レースの新しい形を 構築していける端緒になるのではないかと期待を持ったものです。
そこで私は、舘や坂東たちからの相談の回答として、従来から主張してきたことですが、自動車レース産業を育成振興してお金の流れを作ることを軸とした、今までとは全く異なる改革案を提示し説明しました。
複数回にわたり説明し協議した結果、「これしかない!」ということになり、革命の具体化について活動を開始することに決定しました。

確たる理念やビジョンもなく、ただただ、漫然とドライバーに競争させていただけの今までの日本のレーススタイルに未来が見 えないことは、もう、誰しもが気付き始めているとは思いますが、日本のレース界には、それを、具体的な危機感として認識したり、まして、対案を提案したり という動きは全くありませんでした。
もっとも、1年半前に、GT-Aの不穏な動きを察知して、一部のレース関係者が調査を行いましたが、多額の借金が露見しながらもそのまま放置したり、その後も、この問題がレー
ス界で公然と噂される状況になっても、崩壊に至るまで、誰一人として立ち上がる者もいなかった世界ですから、前向きの提案などには程遠い日和見の集まりで、期待するほうが間違っていますが。

そこで、段階的に賛同者を増やしていくことにし、その第一段階として、約30名のレース
界の主要人物に声をかけ仲間を募りつつ、その基本となる理念の明文化を急ぎましたが、その間に進みつつあったGT-Aの再構築の方法論に関しては、私と は、かなり考え方が異なり、その、いかにもレース界的な思考回路に危惧を抱きながらも、しばらく成り行きを観察せざるを得ないような時間が過ぎて行きまし た。

例えば、当時、GT-AがGT-Aをファンドに売却するというような話が出ていて、それを私が阻止したと自賛する人が複数 いましたが、私は売らせればよいと主張していました。あわよく売れれば借金の返済に充てれるだろうし、レース界の損失は補填されます。その後、参加者全員 でGT-Bでも作ってレースを継続すればよいだけの話で、何のリスクもない有難い話ではありませんか。もっとも、GT-Aは空箱を売ったと責められるで しょうが、参加者には関係のない話です。
また、参加者の一部が、GT-Aの事務所に入り込み、帳簿類を閲覧し内容を調査していましたが、私に言わせれば、これは越権行為であり、まんまと、GT-Aの責任転嫁作戦に乗せられているだけの話です。
おかげで、GT-Aの作った3億円からの借金は、今後、参加者が肩代わりして返済していくという、何とも理不尽な重荷を背負い込むことになってしまいました。
おまけに、この不祥事を引き起こした張本人を、利便性だけを理由に、スタッフとして使い続けるというのですから、けじめもなにもありません。

ただし、これらの方針は、最後まで放置していたレース界が、最後の最後に立ち上がった一部参加者に、これ幸いと全権委任し たような状況下で行われたことであり、ある意味、全参加者の総意に近いところもありますから、私も、横から反対意見を述べるだけで、それ以上、如何ともし がたいところではありました。

昨年末の危機感あふれる危急存亡の折の藁をもつかむ状況から、年が明けて、とりあえずの開幕戦を無事に開催するところまで 漕ぎつけ、また、第2戦も無事に終了しと、当面の問題解決に躍起になっている間、しばらく改革の話は途絶えていましたが、私も、今はそれどころではないの だろうと理解していましたし、私から頼んだことでもないので、このアイドリングタイムに不安感を抱きつつも、あまりプッシュもせずに静観していました。

かなり時間が経過してのち、舘から連絡があり、「改革を急ごう」という話になったのですが、その頃は、GT-Aの中身も以 前とはかなり異なっていて、私から中身が見えにくくなっていましたので、この改革の礎となるGT-Aの掌握はできているのかと確認しましたところ、なんと なく曖昧な雰囲気を感じたので、少し不安感が芽生えると言うか、違和感を持つようになってきました。
しかし、基本的に、GT-Aを人質にとってしか成り立たない話であることは周知徹底していると理解していましたし、その基本路線に則っての「改革を急ご う」だと理解していましたので、何となくの不安をかかえつつも、舘や坂東たちと相談しながら書いた改革の提案書を配布しながら、賛同いただける発起人の輪 を広げていきました。

その後も何回もミーティングを重ね、発起人として名前を連ねていただける方も30名を超えるようになったので、7月23 日、皆様にお集まりいただいて、その趣旨や理念を説明する、第一回の決起集会のようなものを開催しましたが、その直前から、この改革の礎の一部が崩壊を始 めているということが露呈し始めていたので、結局、その骨格や外装は説明できても、肝心の基礎部分については、はっきりとしたことが言えない、何とも締ま らないあやふやなミーティングになってしまいました。

先にも述べたように、この世界、いくら立派な理念やビジョンであっても、それだけで何かが動きだすというほど知的な世界で はありませんから、日本で唯一盛況を誇るSGTCの力を利用してしか改革が実現する可能性はありませんが、すなわち、GT-Aには力がある訳で、この時す でに、GT-Aをとりまく人たちの間には、ある種の利権構造や立場が生じてきていたようで、以前の藁をも掴む雰囲気はみじんも無く、坂東の横には新たなる パートナーが張り付き、GT-AはGT-Aでやっていきますというような排他的な雰囲気に溢れていました。舘は舘で、事前の話し合いで会長就任が決まって いたはずなのに、この期に及んで急に「会長は林しかいないよ」なんて言い出し、せっかく集まっていただいたレース界の皆様には大変に申し訳ない醜態となり ましたが、ここで改革の芽は摘まれたかわりに坂東のGT-Aが発進するという、まあ、日本のレース界にとって良かったのか悪かったのか、とりあえず革命軍 は組成以前に自滅となりました。
多分、舘もはみ出してしまったというところでしょうが、ついこの間まで、アマチュアチームの一オーナーだった人が自動車メーカーの担当者と対等に話が出来 るようになってうれしいし、日本で最も盛んな自動車レースのトップなんだから、まあ、夢みたいな話ですよね。

申し訳ないのは、私の呼び掛けに応じて、何度もご足労をいただいた関係各位です。
頼まれたこととはいえ、つまらないことに巻き込んでしまいまして、大変に申し訳ありませんでした。
この場を借りて、重ね重ねお詫びを申し上げます。改革には力が必要です。私はそれをGT-Aに求めましたが、坂東はGT-Aを牛耳る事に的を絞り、舘や私 などのうるさい先輩を排除したというところでしょう。GT-Aをステップボードに改革を目指すことは出来なくなりましたが、GTレースの継続には問題は無 いでしょうから、とりあえずは、何もなく過ぎていきます。
このように、小さな改革の芽は日の目を見るまでもなく枯れてしまいましたが、置き土産として、私たちが、何を目指していたかというサマリーだけでも見える ところに置いておきたいと思います。10年後、日本の自動車レースがどうなっているのかが、その答えとなるでしょう。
「そろそろ自動車レースを始めましょう!」を、童夢のホームページの「COLUMN」に掲載しておきます。

株式会社 童夢
代表取締役 林 みのる
2007/09/03