COLUMN / ESSAY

「最近もっともイラつくのは、無定見なNの存在だ。」 ―悪口―

AUTOSPORTを読まなくなってどのくらいになるだろう? 自分のチームのレースも、携帯サイトで予選結果をチェック したらもう終わりだ。レース界の人たちとお会いすることもほとんど無くなった。このように、穏やかな日々を過ごす私にとって、なんとか、日本の自動車レー スをまともにしたいと粉骨砕身努力を続けていた時代は懐かしいが、今は昔である。
しかし、その隠居じじいのようなストレスレスな生活を、未だに激しく刺激するのは、なんともお馬鹿で不見識で稚拙なNの存在だ。
そりゃ昔は、その世界では、世界で通用するトップクラスの存在だったか知らないが、もう時代は違うし、この、群雄割拠のご時勢に、自分勝手な思いつきだけで、周囲の迷惑なんかは全く無視したNの傲慢な振る舞いは、不愉快を通り越して耐え難い存在となりつつある。
私としてはかなり長い間耐え忍んできたつもりだが、昨年末あたりだったろうか、ついにたまりかねて、直接、Nに電話をして文句を言ってやった。
Nは慇懃無礼な応対ながら、内容としては、Nとしてもクライアントがある仕事なので、そのクライアントの指示に従っているだけ、という、まるで居直りのような回答に呆れたか、いや、呆れたが、まつく、いや、まったく問題意識を感じないその対応に、それ以上、文句を言う気力も失せた。
私は現在、8機種のNシリーズを持ち、その内の4機種を使用中の、Nヘビーユーザーだ。N904iをメインに、個人用にN902iを使い、海外用に、GSM使用可能なFOMAのN600iとVodafoneの804Nを使い分けている。
新しいもの好きな私のことだから、それ以外にも、かなりの頻度で新機種に換えているが、見事に、その全ての機種において操作が異なる。
特に、文字入力時のいろいろな操作が不必要に変更され、女子高校生並みに早打ちする私としては、ブラインドで打ち込んだ文章を見直すときに大ショックを受ける。
そんなお馬鹿なNでも、唯一と言っていいほど変更されなかった濁点の入力と小文字化のキー操作が、今回のN904iでは*に変更され、従来方法で、「呆れたが」を入力したら、「呆れたか、」と表記されるし、「まったく」と入力したら、「まつく」と表記される。
どうにでもなるようなメール呼び出し操作は、キーボタンの⑦から⑧になっているし、従来、最初は大文字で入力されていた英字は、小文字で入力されるようになった。
@や/などの記号入力や、http://の入力キーも変わっている。ユニバーサルデザインとかユーザーズフレンドリーというような概念を一切無視した、こ れらの暴挙と言うか無神経さは、まさか、N903iからN904iへの変更で、そんな馬鹿げたことはあり得ないと、最低限のNの 良識を信じて、買いたてのN904iをルマンに持っていった私の予想を根底から覆し、何かの操作を行なう度に膨れ上がるストレスは、サルテサーキットのホ スピタリティーブースの中で許容範囲を超え、思わずN904iを地面にたたきつけたが、そこは、ちゆつと、いや、ちょっとNよりは良識のある私は、とちさに、いや、とっさに、横にいたレースクィンの大きなバックに投げ込んだので、傷はつかなかったが。
しかし、メルセデスのユーザーは、どのメルセデスに乗っても、右手をそっと伸ばしたところにライトスイッチがあることに安心するし、カーナビだって、使い 慣れているからこそ同じメーカーのものを買い換える。ユーザーを無視した、あまりに愚かな開発姿勢が信じられないので、理由を推測しているうちに、気が付 いたら、手持ちのNを並べて、操作の一覧表を作り始めていた。手持ちの8機種を並べて、その愚かさの原因に思いを馳せていたら、事、N904iに関しては、一応の推察が成り立つことに気がついた。
ある日のN社内の開発会議において、若い担当者が得意げに、「主任、濁点と小文字変換が 重複することはほとんど無い訳ですから、一つのキーにやらせたらいいんじゃないでしょうか」、そこで主任が、「それはいいアイデアだが、あまり操作が頻繁 に変わるとユーザーからクレームがつくからなー・・」、功名に焦る若い担当者が、「それは一時的なことであって、いずれはこの方式がスタンダードになりま すから、早い目に変更してあげたほうが、真のユーザーフレンドリーというものです」とか言いながら、思い付きのアイデアを、まるでユーザーのための英断で あるかのごとく投入していくものだから、常に操作の異なるNが出回る結果になる訳だ。
それを、世間では独りよがりと言うし、手前勝手とも言う。この連中は、いつい、いや、いったい、Nという看板をどう考えているのだろう。これでは、いつまでも試行錯誤の止まるところを知らない未完成品を垂れ流し続けていることを実証しているだけだし、いつも操作の異なるNを出し続けるということは、Nを買い続けるメリットを自らが否定している訳だから、そこにNのネーミングがある必然性すら感じられない。
どうせ操作は一つ一つ異なるので、お好きなメーカーをどうぞと言われているようなものだが、問題は、どの機種に鞍替えするかをどうして調べるかだ。