COLUMN / ESSAY

「パタヤ・サーキットのご紹介」 ―ESSAY―

童夢はこの7月1日、タイのシラチャ(車で、バンコクから南に向かって約1,5時間)というところに、童夢コンポジット・タイランドという会社を設立しま した。これは、量産型のCFRP製品を製造する会社ですが、そのシラチャから、もう少し南に向かったところに、パタヤビーチというリゾートがあります。以 前、家族でタイに行ったときに、足を伸ばして、このパタヤビーチに遊びに行きました。
宿泊したホテルには大きなプールもあるし、プールサイドには立派なパームツリーも林立しています。何処から見てもリゾートホテルですが、そのパームツリー の向こうの植え込みを越えたビーチサイドのストリートを覗くと、そこには延々と屋台が並び、道は人で溢れ、安っぽいソースや香辛料の匂いで充満していま す。家内が、「いやーっ、お買い物に行きたいーっ」と叫ぶので、「止めといた方がいいんじゃない?」と止めたのですが、既にお財布を持って飛び出して行く ところなので、しかたなく後に続いていきました。
やっぱりと言うか、当然と言うか、それらの屋台で売っているものは、60円のサングラス(段ボール箱に無造作に放り込んであるので、レンズはキズだらけ) とか、Tシャツ(日本のキャラクターを見よう見真似でコピーしてあるので、ドラえもんがピカチュー色)とか、3枚100円のパンティ(一緒に行ったワコー ルの人が、「どうしてこの価格で出来るんだろう??」と考え込んでいた)とか、左右の揃ったビーチサンダルを見つけるのが大変な靴屋(絶対に、どこからか 拾って来たのだとしか思えない品揃え)とか、まあ、普通の人には、絶対に必要の無いものしか売っていないのに、家内は嬉々として買い物を続けているので、 私と子供はお先に失礼することにしました。
しばらくして、きっちりと道に迷った家内が、バイクタクシーの後ろにしがみつきながら帰ってきましたが、部屋にたくさんの買い物を広げてご満悦。しかも、 総額3000円ですから価値ある満足感と言うところでしょうか。ミラノならこうは行きませんから、やっぱり、リゾートはパタヤしかありません。
出足から話はそれまくっていますが、そのパタヤへの道中で、「パタヤ・サーキット」という看板を発見しましたので、現地の人に聞いたところ、立派なサーキットがあるとの事なので、この7月にタイに行った折に視察してきました。
ちょうど、童夢コンポジット・タイランドの設立発表会場で、そのサーキットでレーシング・スクールを運営している「タキレーシング」の上田さんと言う方にお会いしたので、さっそく案内をお願いしました。
現地で待ち合わせしていたので、ホテルのハイヤーでサーキットに到着した私は、運転手に駐車場所を指図していましたが、その真後ろの道路を、シャコタンの シビックが吹っ飛んでいくではありませんか!危ない運転をするなと、一瞬、むっとしていたら、その後から、次々とシャコタンの集団がぶっ飛んできます。よ く見たら、最初のシャコタンは、いわゆるトップのマシンで、つまり、そこは、レース中のサーキットだったという訳です。
あわてて違う場所に車を移動させましたが、基本的に大きなフェンスなどは無く、だいたいは、高さ50cmくらいのブロックがコースとの境界になっていま す。後で見学したコースの裏の方では、かなりちゃんとしたフェンスのところもありましたが、なんとも開放的で、サンデーレース的で、クラブマン・レース的 で、突然、気分は1960年代にワープです。

‘67くらいの小さなサーキット。ナンバー付きのこぎれいなチューニングカーに彼女を乗せて来て、サーキットに着いてから ゼッケンを貼ったりタイヤを替えたり。彼女が飲み物を買ってきたり、そっと汗をぬぐってくれたりしている間に準備が整い、レーシングスーツに着替えてさっ そうと登場。
彼女の憧れのまなざしに目線で勝利を誓ってコースイン。スタート直後の第一コーナーの鋭い突っ込みは単なるオーバースピードで、そのまま、曲がりきれずに 転倒。よくある話ではありますが、それが、レース命の彼女の大切なニューマシンだったから大変。
当時、二十歳過ぎの若造には新車を弁償する余裕はありませんでしたが、修理だけでは彼女のご機嫌は直らないし、きっちり修理した上で、ドアとボンネットと シートをFRPで作ってあげることで納得していただいたという、ある青春の日のほろ苦い思い出が蘇るような、ほのぼのとしたパタヤ・サーキットが大変に気 に入りました。

童夢コンポジット・タイランド(DCT)から15分くらいだから、なにかテストに使えないかと思っていましたが、今は、DCTレーシングチームを結成して、このサンデーレースに参加しようと企んでいます。レースレポートをお楽しみに。