COLUMN / ESSAY / LETTER

「日本モータースポーツ小論」 ―自動車レース論―

「好きでやってること」
日本という国情に、どのようなスタイルの自動車レースが適しているのかという質問に答えるのは難しい。現状が満足すべき状況なのか、まだまだ発展の余地が残されているのかも分からない。
どうして、このような基本的な問題の答えが見つけにくいのかと考えると、それは、レース界の人達がこれらの問題について真剣に考えてこなかったからだ。もし、私は考えてきたという人がいたとしても、それは非常に微視的で偏向的な考え方によるもので、そういう小さな持論があぶくのようにあちこちからぷくぷくと出ては消えるという状態だったから、それがまとまった思想や理念、ましてや確立された文化というようなちゃんとした形にまで成熟してこなかった。
通常、このような利害の共通したグループは、それなりにまとまって力を持とうとするし、そのマスが大きくなると極端な方向転換が難しくなるから目指すところも見えてくるものだが、この日本のレース界では、わずかな餌を仲間内で奪い合うのに精一杯で、みんなでより多くの餌を獲得しょうという発想に至らない。 また、メリットが無さそうだから悪代官も現れないし、水呑百姓でも年貢が重すぎたら一揆も辞さなくなるだろうが、食うには困らない状態だから声を出さない。おかげで結束するきっかけも無い。
これらの諸現象の根源は「好きでやっているんだから」という諦めと言うか、いい訳と言うか、レース界の人達の気持ちの持ち方が影響しているのではないだろうか。かく言う私も、レーシングカーを造り始めてから40年になるが、ほんの最近までレーシングカー・コンストラクター部門としては赤字続きで、それを補填するために他の業務で稼ぐというスタイルが当たり前になっていたから、ついつい自分の会社のことは自虐的なニュアンスも込めて「趣味の同好会」と称していたし、ビジネスとしては特に将来に希望を持っているわけではなかった。
しかし、私のレーシングカー造りは趣味だからお金がかかるのは仕方が無いにしても、レースに参加するためのコストがますます上昇していくにも関わらず、それが全てエントラントの負担であり何の収入の保証もされず、パドックにキャビンを作って金を取られ、パドックパスは高くなり、その上、スポンサーが費用負担してレースに華を添えているキャンギャルにまで人頭税を課すという話が聞こえてきて、我慢が限界に達していた頃、今まで、あれほどレース開催の赤字を言ってきていた各サーキットが、競ってレース数を増やす話を始め、しかも、年間8レースが10レースになっても、増える予算は全てチーム負担と言うのだから切れた!
頭に来た私はF3000チームの利権団体の設立を呼びかけたところ、全てのチームが頭に来ていたので、直ぐに全チームが参加するJFRAが設立された。
私も、ちょうどその頃から日本のレース界の構造にも興味を持ち出したし、また、その内実を知れば知るほど改革の必要性を痛感したが、反面、本来は利害を共通する仲間であるはずのJFRAのメンバーとの考え方のギャップも大きく、紆余曲折はあったものの、結局、真っ先にJFRAを離脱してしまうことになる。

この世界では、「好きでやっているんだから」儲からなくてもいい、「好きでやっているんだから」しかたがない、「好きでやっているんだから」勝手にする、「好きでやっているんだから」何とかしてほしい等と、かなり被害妄想的な言葉が日常会話の中で交わされることが多いが、これらの人達は、長い人になると何十年もこの仕事を続けているし、アパートに住んでいる人も居ないし、軽四輪に乗っている人も居ないし、この業界、意外と破綻する企業は少ないから、実は、充分に採算は合っているはずであり、やりようによっては、これから先にも希望が持てると思うのに、何だか、いつも気分はマイナーという感じで、これは、まず最初にレース界の人達のマインドを切り替えなければ何も始まらないのではないかと思ったものだ。


「何が戦っているの?」
私は 常々、「自動車レースは自動車の競争である」と主張してきたし、また、そうでなければ構造的に成立しないと考えているし、単なるドライバーの競技道具としてなら現在のハイテクの塊のようなレーシングカーは必要ないと考えているが、とりあえず、日本のレース界が今までメジャー化の主題としてきた「ドライバー人気便乗作戦」や自動車レースの意義としての「人間ドラマ戦略」を一度冷静に見直して見ることだ。
FNの失敗は自動車の競技という部分をないがしろにした結果であり、JGTCの成功は自動車の戦いを主役に据えた事にある。簡単で明白な結果だ。ちなみにオートサロンは大盛況だが、日本人のレーシング・ドライバーを全員、東京ドームに並べてもあれだけの観客は呼べないだろう。
現在の日本の自動車レース環境を考えるとき、特徴的と思われるのはやはりドライバー偏重の傾向だろう。代表的なものが、何をするにも錦の御旗となる「若手ドライバーの育成」だ。もともとレーシング・ドライバーは少年たちの憧れの職業なのだから、放っておいても群がってくる状況が当たり前でなくてはならない。その大勢の中から淘汰されてのし上がってきた者だけに栄冠が与えられるべきで、現状のように、取っ付きやすいようにハードルを下げ、真綿でくるんで大切に育てるような状況こそおかしい。これがタレントのオーディションだったら日本の芸能界はブスばかりだ。
日本のレース界が彼らに与えるべきは入り易いだけの入り口ではなく、輝ける頂点だ。
ドライバーの為という事であれば、頑張ったものには相応の地位と名誉とギャラを与えられる環境を作ることが先決であり、ろくな先行きも保証できないのに、どんどん新人を育成する現状こそ、日本のレース界の象徴的なひずみだと思っている。
私がこう言うと、だいたいはコンストラクターの僻みだろうと思われるし、「自動車の競技」を主張すると我田引水のように受け止められるが、もとより私は仕事上の仲間であるドライバー達をないがしろにするつもりは全く無いし、私が主張している「自動車の競争」で自動車レースが発展振興すれば、真っ先に恩恵にこうむるのはドライバーなんだから、つまり私は、ドライバーの地位と生活の向上のために努力していると言える。
そのためには、レーシング・ドライバーが戦うべき重要な社会的必然性が必要であり、単に「ドライバー同士が優劣を競い合っている」だけでは成り立たないと言っている訳だ。
そこが、単純に人間の身体能力だけを競い合うマラソンや水泳などの競技や、道具を使うにしろ、あくまでも人間の身体能力を競うための補助的な道具としてのラケットやクラブなどと、レーシングカーの根本的に違うところであり、この有り余る存在感を持つレーシングカーに費やす莫大な費用の意義をちゃんと正当化できない限り、自動車レースの存在理由も説明できないし、遥かに、ドライバーの腕の優劣以前の問題だ。
例えば、トップガンの離陸時の敬礼はカッコ良いが、それは重大任務を背負っての発進だからキマるのであり、遊覧飛行のセスナのパイロットなら「カッコ付けてないで早く飛べ!」とどやされるのがオチだ。
何のために自動車が戦っているのかと言う重大な必然性や意義があってこそ、ヘルメットの奥に光るドライバーの鋭い眼差しや、スタート前の近寄るのもはばかるような緊張感が魅力的に見えるのだ。
「自動車の競争」と「自動車を使った競技」はその成り立ちにおいて似て非なるものである。私はどちらも大好きだが、日本の自動車レースの頂点となる自動車レースを考えるとき、少なくとも、この二つの根本的な違いを理解したうえで判断しないと、その存在自体があやふやになってしまい、「いったい自動車レースって何の戦いなんだ?」という疑問にすら答えられなくなる。もういちど原点を見つめ直すことから始めなくてはならないだろう。

「自動車レース メジャー化作戦」
この国で40年間以上も自動車レースに関わってきて、今更ながら、つくづくマイナーな世界で生きてきたものだとがっかりすることが少なくない。それにしても、根本的な思想や理念を正すには時間がかかるし簡単じゃないだろうが、当面の問題としても、少し何とかなりそうなものだという思いは常に持っている。
私が昔から常連として通っている「銀水」というパブのご主人(銀パパ)は松本惠二の応援団長として有名な人だったが、当時は関西のレース関係者の溜まり場となっていて賑わっていた。
その頃から、常連の中には競馬の騎手を始めとする関係者も多く居たが、レース組みは彼らのことを「ギャンブル関係者」ということで少し偏見を持って見ていたかも知れないし、ちょっと違う世界の住人達として近寄りがたい雰囲気も感じていた。しかし、ここ20年くらいだろうか、その「ギャンブル関係者」達のステイタスの向上振りには目を見張るものがある。いまや競馬はギャンブルの枠を超えて社会的に認知されたレジャーとなり、騎手はあこ がれのスターになり、芸能人を嫁さんにもらい、馬主の人種も飛躍的に向上したが、一方で、「銀水」に飾ってあったヘルメットやレーシング・スーツは鞭や乗馬服に変わり、めっきりレース関係者の顔も見なくなった。
刻々とその変化を見てきた私の感想としては、自然淘汰と言うよりは、これはやはりJRAの戦略の勝利であり努力の賜物と考えるべきだろう。
ある日の明治神宮を境に、社会人の時代からJリーグに変身した当時のサッカーの豹変振りにも驚かされた。
これも、サッカー界の強い要望と広告代理店の仕掛けた戦略がシナジー効果を発揮した例であり、要するにビジョンと戦略と実行力があれば、この自動車レースの世界も、もう少しは何とかなるのではないかと思い続けているが、レース界の場合、考える力が無いから、「テレビ局にいた人を呼んでこよう」とか「広告代理店出身者に頼もう」とか、アイデアのないまま丸投げしてしまう。
しかし、その業界人はレースの世界を知らないから、結局、頓珍漢な結末しか待っていない。
もう少し自らの頭を使うことだ。そうして決めた方向に向かって進んで失敗すれば反省材料にもなるが、いつも丸投げで責任転嫁ばかりしていては自らの間違いにも気付かなくなり迷走が続くだけだ。
今日、私がレース界で最も信頼する親友から電話があり、「〇〇テレビでJリーグ担当していた知り合いが、今、フリーなので、〇〇(某レース組織)のトップに入れようと思うんだけど、どう?」と聞いてきた。がっかりした。

「まず膿を摘出する」
私なら毎月の家計の半分を借金で暮らしているような人とはお付き合いしたくない。しかし、自ら選んだわけではないが、気が付けば自分もその借金国家の一員である。 ここのところ、わが国もなんとも筋の通らない国になってきたものだが、今やこの国では、真っ白な人は幼いと言い、ちょっとグレーな人を大人と言い、真っ黒な人をやり手と言うようになっているようだ。
国や省庁が率先してずるいことをやり、メディアも片棒を担ぎ、その、あまりにずるい出来事の多さに国民がすっかり慣らされてしまった状況と言える。そんな不条理が当たり前となってしまった国に暮らしながら、ほぼ諦めの境地で毎日を過ごしていると、身近なレース界の中でのミニ日本国状態にも違和感を覚えなくなってしまっているのが怖い。
しかし私は、日本の自動車レースの改革を考える前提として、まず日本のレース界の膿を取り除いておかなければならないと思っている。私は常々、JAFを称して「不必要悪」と断じているが、自動車レースの世界に、この天下り特殊法人の典型のような団体が君臨している構造自体が、もろに我々レース界の脆弱さを露呈しているようなもので、そもそも、レース界の人たちがこのお上的な存在にすがる心根がかなり卑しいと思っている。
1963年に設立されたJAFは、本来はロードサービス屋さんとして誕生したが、第一回日本グランプリの主催を巡るどさくさにまぎれて、ASNとしての機能も付いてきてしまったと言うところもあるみたいで、本質的に日本での自動車レースの発展に貢献するというような目的や情熱をもって始まったわけではない。つまり、JAFにとってはおまけのような機能であり、当時は、訳は解らないわメリットは無いわで、積極的に取り組むほどのものではなかったようだ。
初期の日本グランプリ開催についても、毎回、聞こえてくるのはJAFの及び腰な対応ばかりで、いつも来年は大丈夫だろうかというような心配ばかりしていた。
事実、何回かの日本グランプリは中止になってしまったし、1974年には、石油ショックのあおりを受けたとは言え、本来は日本の自動車レースの振興を図るべきJAFが、いち早く日本グランプリの中止及び、その他のレースに対しても最大限の開催自粛を指導するという異常事態に陥り、日本の自動車レースは壊滅的な打撃を受けた。
しかし、ここまでは黎明期の出来事、皆が試行錯誤しながら右往左往していたのだからまだしも許せるとしても、途中からJAFにとって自動車レースが利権となり権威となってきた頃から、もっとおかしくなってきた。
ここで、モービルハイ事件にまで遡って、それまでのJAFの反自動車レース的行為の数々を述べるにはページが足りなさ過ぎるが、細かい出来事はさておき、1996年のある日、我々レース界の者に、さる政治家の関係者からコンタクトがあった。この政治家N氏は、当時、国会で公益法人としてのJAFの問題点を追求していて、その中に自動車レースの事も取り上げられていたが、公益法人のくせに高速道路でのロードサービスを独占して民業を圧迫しているとか、警察関係からの天下りの巣だとか、利益追求のために直系の株式会社を3社も所有しているとか、その会社も印刷やツーリストなどおよそ公益法人のやるべき仕事ではないとか、 税金も支払っていないのに資産を760億円も貯めこんでいて、しかも現金が360億円あるとか、FIAに加盟してヨーロッパ偏重の排他的な運営をしているとか、まあ、そうは言っても、もともとが胡散臭い公益法人としては当然のようなことをしているだけで、財投で大判振る舞いをしたり、年金で作ったリゾートホテルを叩き売りしている官僚たちに比べたら、しょせん大罪というよりはずるいと言うレベルだが、その中に、レース界の人たちには見過ごせない情報がひとつ含まれていた。
それは、この国会での追及によって切羽詰ったJAFが、自動車レースを切り離して、その権限をかなり好ましくない団体に譲渡しようとしているという噂だ。 そんなことになったらJAFどころではなくなるので、びっくりした我々は、急遽、レース関係者に回状を回して30名ほどのメンバーを集めN氏の話を聞きに行った。
その内容は驚くべきものであったが、もっと驚いたのは公益法人に関してはありふれた話で、それほど驚くべきことではないという話に驚いた。まあ、 それはそれとして、一応、我々レース関係者サイドには旗振りをしていたリーダーがいたが、2回目の集会の後、JAFの偉いさんに呼び出された直後「僕はもう降りたからね」と一方的な通告があってこの話は終わってしまった。
理由を聞くと「理由は言えないが、私はこんな事で日本の警察を敵にしたくないよ」とけんもほろろだったし、N氏の国会での追求もこのころから急にトーンダウンしてきていたし、N氏は直後に議員を辞職してしまったし、当時、盛んにこの件を追及していた週刊誌等の記事なんかも急に眼にしなくなっていたし、何がどうなったのか、結局、我々には知るすべもない世界での幕引き劇というところだったのだろうか、これらの列挙されていた問題がどうなったかは知らないが、幸いにも自動車レース部門の譲渡話もうやむやになってしまったから、大山鳴動してネズミも出ないまま、一件落着となった。

近年、自動車レースは技術面でも構造面においても、より高度に複雑になってきているから、JAFの各委員会にもレース界の専門家が多く登用されるようになっているが、言わばこれは、ブレーンはレース界のボランティアが支えていて、どこからかやってきた門外漢が権力部分を牛耳っているという構造に他ならない。
そもそも、このような任意の団体が日本の自動車レースを統括したいと望むならば、まず、この業界の発展、育成,振興に力を注ぎ、その存在の必要性を認められるように努力すべきだが、私から見る限り、権威を高めることによってしか生き延びる術を知らないようで、完全に業界の振興を阻害する官僚的存在である。 N氏による国会での追及ののち、一応の反省の態度を示したJAFは自動車レースに関する改善案を検討するための委員会を設置して前向きの姿勢で臨むと通知してきたが、そのメンバーたるや、公益法人に詳しい弁護士や大学教授ばかりで、完全に保身を画策するために集めたメンバーに他ならない。
メンバーのリストを見たら笑ってしまうと思うが、この人たちが日本の自動車レースについて論議を交わしているところを想像するだけで背筋が寒くなってくる。中央市場連合会の八百屋さんや魚屋さんを集めて日本の自動車レースの将来について意見を求めているのと変わりない。おそらく、いままで自動車レースを一度も見たこともないような人たちがテーブルを囲んで私たちの将来について何を語り合ってくれたのだろう? 後日、その話題が出たときに、JAFの人が「先日、皆様をお連れしてサーキットに行きました」と胸を張っていたのが印象的ではある。

FNへの移行期、ヨーロッパのF3000がワンメイクに移行する情報がなかなかJAFから伝わってこないので、チームがお金を出し合って代表者をFIAの ミーティングに参加させたことがある。その代表者の報告は面白かった。「過去においてJAFから出席した委員はYes以外には何も発言記録がありません。 このYesもNoの人は手を挙げてという場合のYesで、結局、なにもしていないということです」これはいつまでの過去のことか分からないが、当時の周辺情報も含め、全く機能していなかったのは明白である。
また、これは最近の出来事であるが、ここのところ童夢のF3ドライバーから2名の脱落者が出た。これはJAFが定めたレーシング・ドライバーとしての資格条件に運転免許証が必要という無意味で馬鹿げた規定によるものである。また、この規定がある限り、免許の取得年齢にならないとレースに参戦できないという、これも無意味で馬鹿げた状況が生じるが、そのためにJAFでは遅まきながら16歳からレースに参加できる「限定Aライセンス」というものをスタートさせた。しかし、16才でフォーミュラ・トヨタ(FT)に参加したドライバーが仮にチャンピオンにでもなった場合、スカラシップ制度により17歳でF3へ参加ということになる訳だが、現在の制度下では普通免許の取得が必要なために1年間お休みとなってしまう。この矛盾を解消する為にF3協会からJAFに対し「F3への参加を17才 から可能」とするように働きかけているが、なぜかこのような場合、JAFはいちいち警察にお伺いを立てるらしく、警察から「F3は2000ccなので駄目」という何とも笑い話にもならないようなお答えを賜ったそうだ。
ちなみに、同じ理由でFTはOKとなっており2200ccのFDは駄目ということで、このように、入門カテゴリーへの参加可能な年齢を引き下げようという動きは、警察が決めた1850ccという根拠不明な排気量のボーダーラインによって中途半端な状態になっている。才能とチャンスに恵まれた若いドライバーが世界で活躍するためには、この年代の一年間はとても重要な時期であり、一刻も早くからスタートすべきなのは理の当然であるが、それを阻害しているのが、本来は日本のモータースポーツの振興にもっとも努力しなければならないはずのJAFで、その陰のお目付け役が警察だと言うんだから「JAFよ、あんたは何者?」と聞きたくなる。まあ、何者?というと「警察の天下り先の一つである公益法人」なんだから仕方がないが。
また、このF3ドライバーの失格がチームの監督不行き届きという理由で、JAFから童夢に対して「訓告処分」が下された。ドライバーの参加資格を審査すると言う自らの責務を棚に上げてのチームに対する処分なんて何をか言わんやである。
ちなみに、運転免許証の有効性の調査について、警察および自動車安全運転センターに問い合わせたところ、あくまでも個人情報なので第三者が確実に情報を得られる方法は無いということであり、唯一、実効的な方法として考えられるのは、本人または委託を受けた代理人が自動車安全運転センターにおもむき、運転免 許証番号と共に申請すれば運転記録証明書の入手は可能との事だが、これはあくまでも申請日から最大過去5年間の違反暦や行政処分暦を確認することが出来るだけで、現在、免停かどうかを証明するものではなく、記載されている処分内容、日付等から類推するしかないとのことだ。
同時期に、2003年全日本GT選手権最終戦における12号車のラインショートカット問題と、トップを走行中の童夢NSXへ12号車が追突したことによって順位が入れ替わった事件に関してのJAF審査会の判定を不足として控訴していたが、却下という裁定が下された。
理由として謳われている主旨としては、「協議会審査委員会の裁量で決定している」から正しいということだが、その裁量幅があやふやだから科学的に納得のいく説明をしろと言っている訳で、何でも裁量(自らが任意に判断し処理すること)で済まされたらたまったものではない。しかも、その審査委員も委員長も各レース毎に異なる現状では、一貫性のある審査は難しい。そのあやふやな判定の結果が、まったく同様の事例においてもレース結果に影響を及ぼさない訓告であったり、決定的なダメージを与える1分間のペナルティ・ストップだったり、つまり、一般公道で追突事故を起こしたが、裁判官によっては起訴猶予になったり実刑をくらったりするようなもので、それでは秩序は維持できない。
童夢では控訴に際して、VTRの映像やロガー・データの分析結果を添えて、科学的な根拠に基づいた控訴理由を提出しているが、棄却の理由が「委員の裁量幅」では話にならない。童夢としてはこの両件に関して、黙ってこの不条理な控訴棄却を受けるつもりはないが、存在すら認めたくないJAFを相手の控訴だの棄却だのの裁判ごっこも馬鹿げているので、これらの件で被った被害の賠償に関して別途の解決手段を検討している。
しかし、今はその前に潰してしまおうと考えている。
いずれにしても、もともとJAFに審査能力なんて無いのだから、できるだけ感覚的でファジーな部分を排除して簡潔明瞭なルールの基に運営するように改善すべきである。
おおよそ競技と言うものは、その仕組みが複雑になればなるほどルールも複雑になり、ファジーな部分も多くなる。しかし、野球でもテニスでも、いろんなセンサーや録画装置を駆使すればもっと明確になると思われるところも、意外と審判の裁量に任されているところが多く、また、最近においてもそのような状況に急激な変化は見られない。これはひとえに信頼関係のなせる業であり、JAFの場合はレース界の問題意識が低いおかげでなんとか権威を保っているようなものだから、何か事あるごとに馬脚を表すわけで不信感は募る一方である。
権威の道具として手放したくない気持ちはよく解るが、レースの健全運営のためにも、一刻も早く身を引くべきだろう。
まあ、この種の不満は言い出せばきりもないのでこの辺にしておくが、いつも、この話の結論として、「じゃ、誰が替わりにやるの?」とか「経費は誰がだすの?」ということでうやむやになってしまう。しかし、私に言わせれば、現在、JAFがやっているようなことは誰にだって出来るし、それなりの収入も伴う訳だから、役に立たない天下りに無駄な給料や退職金を払わなくて済むならば充分に採算は取れるだろう。
先日、レース界の古株の一人、山梨信輔氏を偲ぶ会に行った。まるで同窓会のようでもあり敬老会のようでもあったが、今後、このレース業界にも高齢化の波は押し寄せてくる。引退したドライバーやベテラン・メカニックなど、これから我々の仲間がどんどん現役を退いてくるだろう。長らく業界に貢献した経験豊富で気心の知れた彼らが日本のモータースポーツを統括する役割を担ったら合理的でもあるし、再雇用の機会も増えるし、何よりも前向きな運営ができるようになると思うのだが。
これはレースの世界に限ったことではないが、日本のシステムで私が最も理解できないのが人事だ。JAFのモータースポーツ局長なんて、ひょっとしたら日本のレース界の命運を預けることになるかもしれない要職に、まったく異なる業界から未経験者があてがわれる。現職の就任の挨拶は今でも忘れない。「私は自動車レースに関してはまったく素人ですが、これから勉強して皆様のお役に立てるようにがんばります」って、こういう人たちはどこから拾われてくるのか知らないが、例えその業界での専門的なノウハウや見識が無くても指導的な役割を果たせると信じているのだろうか? 私だって、急に「日本将棋協会」の会長になってくれと頼まれたら断る。当たり前だろう。将棋を知らないんだから。
ついでに言えばJRPのトップも同様に、ど素人が次々と送られて来ているのが現状だ。日本のレース界も、こんな素人連中を祭り上げて身を委ねているうちは決してプロフェッショナルな世界には到達し得ないと思うが・・という事は、素人同士で釣り合いは取れているということか?
再度言うが、要するに他力本願体質のレース界は、当面、お金がかからない状況に擦り寄っているだけで、そのためにサイドブレーキを引いたままのような日本の自動車レースの状況から眼を背けているだけである。そのお金も、必要相当な体制なら自ら賄えるものを、役立たずに無駄飯を食わせるために必要になるだけで、それもJAFの一般会費からの流用であったり、利権商売の収益であったり、税金免除のおかげだったりする訳だから、日本のレース界も一日も早く身ぎれいにしておくべきだと思うが、いかがだろう。


「FORMULA NIPPONの終わりと始まり」
新人ドライバーが、SRS-FからFD,FT、そしてやっとF3にたどりついたとしても、その後に、もしJGTCしかないとしたら、そこからF1やIRLへの道は途切れてしまう。そういう意味でもFNの存在は重要な意味を持っているので、何とかしてちゃんとした形で残ってほしいものだ。
まず最初に、なぜFNが自動車レースファンに受け入れられないのか、その実情を分析しておかなくてはならない。私の言いたい事はもうお判りだろうが、根本的には「自動車の競争」という部分があまりに軽視されていて、レーシングカーらしきものが疾走している割には、何が戦っているレースなのかが非常に解りにくいという事があるだろう。
そもそも、自動車レースというものは、いろいろな戦いが織り成す相乗効果によってその魅力を構成している。自動車だけが戦うのなら、それこそ不定要素を排除する為にベンチテストや自動運転で性能を計測して競えば良いのだし、ドライバーのみが腕を競い合うなら現状のような高価なマシンは必要ない。本来はそれらが渾然一体となって面白さをかもし出している訳で、FNはそれらのバランス感覚が欠如しているというか、信念がないというか、そんなところに根本的な問題があるのではないかと考える。
もうひとつの重大な過ちは、ハードウェアの戦いを排除したことによって、自動車関連企業の参入機会を無くし、資金の流入まで閉ざしてしまった事にある。
それは、JGTCの隆盛と比べれば一目瞭然だが、そのサーキットには自動車メーカーの人もまばらだし、タイヤメーカーも1社だけ、もちろん、コンストラクターの姿も無い。これでFNが大人気というのであれば、私は根底から考え方を改めねばならないが、現状を見る限りその必要はなさそうだ。
FNがこうなった理由は、ドライバー中心思想というよりは、その観点からしかの発想しか持たない人たちを中心に構築されたJRPの構造にある。
JRPがスタートした当時、日本で唯一、F3000シャーシを製造していた童夢と、全てのエンジンを供給していた無限になんの相談も無いまま新生FNに関するいろいろな事が決められていく状況にたまりかねて、私と本田博俊氏がJRPに会談を申し入れたが、そのときのJRPの回答は「中心的にご相談している方(元F1ドライバー)がいらっしゃいますし、あまりいろいろな方にご意見を伺っても混乱しますので・・」と軽く一蹴されてしまった。その後、赤プリのティーラウンジに取り残された本田氏と私は「こりゃあかんわ」と顔を見合わせたものだった。その結果、TV局から来た全くの素人とその中心人物の意見だけで全てが決められてしまうことになる。
私は、FNがスタートする以前にPOST F3000案として、ワンメイク・モノコックとギアボックスを供給し、それを使って国内外の複数のコンストラクターがシャーシを製作する方法を提案していた。
それは当面の対策として、開発に一番お金のかかる部分を排除した方法で、このパーツを利用して豊富なバリエーションのシャーシが生まれる可能性もあるし、 開発には空力が関わってくるので日本のレース業界も現在のレーシングカー開発技術の中核となっている重要なテクノロジーを習得してゆくことも出来る。
風洞は、ムーンクラフト、東京R&D、矢島工業(元童夢の25%風洞)など、一般でも廉価に利用できる設備があるし、サスペンションなんかの開発に関しては現状の小型フォーミュラなんかを開発しているコンストラクターたちにとっても難しいことではない。
これは当時、珍案奇案として見向きもされなかったが、その後はDTMでも同じような方法が採用されたのをはじめ、ギアボックスのワンメイク化などは各種のレースで実現して来ている。
しかし、JRPは従来のレギュレーションのまま、自由にコンストラクターが参入できるという方法を選択した。自由な参入というのは言葉の響きは良いものの、これは全く無知蒙昧としか言いようの無い選択ではあった。
「自動車の競争」を提唱する私が、なぜこれを無知蒙昧とするかというと、まずこの年までこの方法がまかり通っていたのは、世界中のF3000レースが同じレギュレーションだったからで、すなわち、複数のコンストラクターが世界の市場に向けてリリースしているシャーシの一部が日本に輸入されていたに過ぎない。
次年度から国際F3000がワンメイクになる事が決まっていると言うことは、コンストラクターは日本の市場だけをターゲットにシャーシを開発しなければならなくなるわけで、高々、上手くいって20台そこそこのマーケットの為に、数社のコンストラクターが開発競争を繰り広げられる訳も無く、各コンストラクターは市場を独占することのみを目標に参入し、当然の結果として、事実上のレイナードのワンメイクとなった訳だ。
ワンメイク・シャーシの最大のメリットは量産による低価格だが、FNの場合、価格的にはもともとが一般価格であるために、結果的に、世界一高価なワンメイ ク・シャーシとなってしまった。何で、こんな単純な予測がつかないのだろうと不思議に思うが、もうひとつ、この業界の不思議な一面を如実に表すエピソード がある。
このレイナードのワンメイクになった年、このシャーシの輸入代理店が800万円のバージョンアップ・キットの販売を発表したが、ワンメイク状態なんだからみんな買わなければ済むものを、率先して購入を表明した輸入代理店の傀儡チームにつられて多くのチームがこれを購入した。なんで 競って無駄なお金を使いたがるのか本当に理解に苦しむことの多い業界ではある。
そして、その後レイナードが倒産し、次のシャーシを捜さざるを得なくなりなったが、紆余曲折の末、ローラのワンメイクに決まった。しかし当時、レイナードの新車を買ったばかりのチームも少なくない状況で、これらを捨て去るような総入れ替えは疑問の残るところではあるし、また、これを認めるチーム側の気持ち も全く理解できない。
今まで、絶対にワンメイクは避ける方針と言い続けてきたJRPならば、まず最初は空力かウェイトによる性能調整を加えたレイナードとローラの混合レースとしてスタートし、その後、レイナードの部品が途絶えるとともに、徐々にローラのワンメイクに移行しても良かったはずで、また、当面はそのほうが絶対に面白いレースになったはずである。
当時、私はこの混合レースの提案を各方面にアピールしていたが、すべからく、レース界から金を引っ張り出すことを第一義とする、なんらかの強引な力に抗う事は出来なかった。

FNシャーシに関しては、以前にMLを開発した際に無限が耐久性を高めたエンジンと共にJRPに導入の打診をしたことがあるが不必要であると断られた。理由は、エンジンに関しては長年苦労を共にしてきたエンジンチューナーの仕事を奪うということ、また、シ ャシーに関しては一社(童夢)が独占することは良くないとの意見であった。
これは、HONDAにはFNのシリーズの中にオーバルレースを導入しょうと言う魂胆はあったものの、チームにとっては大変にメリットのある話で、特にエンジンに関しては年間1000万円以上のコストダウンになるというのにである。
これら一連の状況を観察してきて解ることは、どうやらシャシーの販売に関しては一つの利権となってしまっているようで、日本のトップカテゴリーにどのようなハードウェアが適しているかというような論議以前に、特定の輸入業者から外国製を購入することが前提となっているようだ。
まず、FNは、一輸入商社の利己的な利益追求の構造から脱却しないと、なかなか先が見えてこないのではないだろうか。

オリジナルの文章では、この先、FNやJGTCのこれからについての提案が述べられているが、あまりに現状に即さないので割愛する。


「遠吠え」
私がここで何を叫んでも、それが遠吠えにしか過ぎないことはよく解っているし、ぶつぶつ言うくらいなら改革の実現に努力しろという正論には耳が痛いが、この文章の内容を見ても解るように、日本のレース界の大半の人達とは根本的な部分で考え方が異なるし、一般の自動車レースファンたちとはもっと違うだろう。
この私にだって、先頭に立ってレース界の改革に取り組んでいた時期もある。その結果、レース界のお歴々と自分の考え方の落差に埋めきれないものを感じて自ら一線を画すことにした訳だが、それでも自分の人生を賭してきた日本のレース界の繁栄を望まないわけはないし、誇りの持てる世界になってほしいと思うからこそ、たまには遠吠えもしたくなるというものだ。

林 みのる