COLUMN / ESSAY

「24時間目、疲労と感動の方程式」 ―ルマン話―

長かった夜も明けて陽もずいぶん高くなり、スタッフの疲労が極限に達すると思える頃、マシンの調子は結構安定してくる。
そこでまたメカニック達は少し力を蓄えて最後の山場に備えるわけだが、こういう緊張の中にもちょっと気だるい雰囲気の漂うような時に、必ず誰かが「こういう、あと少しって時に、きっと何かが起こるんだよね」なんていらないことを口走るものだ。
言霊なんて信用する訳ではないが、出来れば聞きたくない冗談だ。
今年もまた、誰かがこのお約束のような台詞を口走った途端に、モニターに白い煙を吐きながら走行する「童夢S101」が映し出されているではないか。 さっそくピットに飛んでいったが、ギアボックスのオイルの蓋が緩んで漏れたオイルがエキパイにかかって煙を出していただけだった。さっそく蓋を締め直して おしまい。
しつこいようだが、言霊なんて信用する訳ではないが、それでも今年はポールポジション、ポールポジションと叫び続けてきたから、なんとなく絵空事ではないという気分も充分で、そのために全面的に改良を施したワークスカーというべき新車をJanのチームに貸与した。
本来は無限エンジンを搭載し、チーム郷が勝利を請け負ってくれるという計画だったが、諸般の事情でこの計画が頓挫したおかげで、昨年に引き続きJanのチームに頼らざるを得ないというところが実情だ。
そのJanのチームも昨年に比べて格段の進歩を遂げているが、童夢のワークスと言うにはまだまだ脆弱で、このワークスカーの実力をどこまで発揮してくれるかが焦点となるだろう。
しかし、結果は惨敗だった。テストデー、予選、本戦、全てにおいてAUDIはおろか、ダラーラにも勝てなかった。原因は単純にプライベートチームの限界と いうことだろう。 資金不足、テスト不足、オーナードライバーの弊害、いろいろな部分においてルマンを勝つというレベルには程遠い。マシンもギアボックスを始め耐久性という 点ではまだまだ問題はあるが、テスト結果などから勘案するに、少なくとも予選ではトップを狙える実力を持っていると思うし、いちいち何らかのもっともらし い理由はあるにしろ、常に予定を下回る結果しか残せなかったことは、やはりとても残念ではある。

だからと言って、こればかりは我々の一存でどうすることも出来ないことではあるし、世間にマシンの優秀性を認 めてもらってトップチームに採用されるか、トップチームによって実力が発揮されるようになるか、まあ、卵が先か鶏が先かみたいな話になってしまうが、何に しても時間が必要だと思って諦めるしかない。
レースが終わったばかりで、腹立ち紛れに話はどうしても愚痴っぽくなってしまうが、もちろん、我々の野望は一歩づつ前進を続けている。
まだほんの一部ではあるけれど、ヨーロッパの業界での評価は高まりつつあり、技術的信頼関係なくしては成立しないような協力関係も生まれつつある。例え ば、LOLA社とのJVで開発するF3シャーシなどはダラーラの寡占状態に切り込む売れ筋商品だけに、お互いに慎重に取り組んでおり、充分に相手の能力を 理解したうえでなくては出来ない仕事だ。(詳しくはDOME NEWSで)

ヨーロッパでやっと第一歩を踏み出したというところだが、今回のルマンから帰国して一番嬉しかったのがTV朝 日のビデオを観たことだ。この番組の中で童夢はすっかり外国勢として扱われており、日本からの旅立ちをひしひしと実感できる成熟した扱いをしていただいた ということだ。つまり、ほとんどと言っていいほど取り上げられなかった。
ひとつ困ったことは、レース前に友人たちに放映日の通知とともに応援よろしくメールを送りまくった結果、いったいどのマシンだ?何位になったんだ?出てい たのか?とクレームのメールが殺到したことだが、これはトップを独走していれば嫌でもすこしは映さざるを得ないと思うので、まあ、自業自得というところ か。

とにかく長かった24時間は終わった。みんな肩を抱き合い、胴上げをし、泣いている人も居る。感動のフォースが天から降ってきて、サルテ・サーキットを覆い尽くしているような感じだ。
素直にこの感動に身を委ねられない私は、写真を撮るふりをしながらこの感動の坩堝の隙間から冷静に状況を観察していたが、これは理屈ぬきに24時間頑張っ た自分にたいする感動で、だからチームが何位でも関係ないし、疲労と感動が比例した興奮状態なのだから、のうのうとホテルに帰ってシャワーを浴びて、ゆっ くりと睡眠をとって、おいしいベーコンに舌鼓を打ってから、昼頃に清々しい顔でサーキットに現われたような不届き者(奥、山口、林)にはしょせん感動する 権利などないのである。
しかし、頭の中では8位という結果に不満一杯のはずの私だったが、なんとなく気分はうらはらに軽やかで、帰りの飛行機の中ではもう来年に向けての体制を考えたりしている前向きな自分が居る。
よく考えたら、童夢としては通算10回のルマン挑戦で、過去には完走1回、それもスタート後すぐにギアボックスが壊れて、3時間のピットストップののちに 最下位でゴールした完走とも言えない結果で、しかも、私はそのときは家にパスポートを忘れていたのを空港で気づき、箱崎のエスカレーターを昇るTOM'S のスタッフの罵声を浴びながら見送ったレースで、結局、最後までサーキットに居たことは今だかって一度も無いことに気がついた。
という訳で、まあ、ろくに完走もしたことが無い我々が、いつの間にやら8位で文句たらたら言っているところが思い上がりも甚だしいとも言えるし、これを向 上心とも言える訳で、来年に向けて今まで以上にやる気満々なことだけは間違いが無い。こうご期待としておこう。

なお今回、チームは忙しいから充分な対応が出来ないだろうと山口正己を安いエアチケットと安宿で釣ってLIVEを手伝ってもらったが、初めての写真入レポートが送れて満足満足。山ちゃんにこの場を借りて、とりあえずお礼まで。

林 みのる